レイライン通信 ~ 光の循環 / amana space からのメッセージ~ ~      

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バリの無料産院、ヤヤサン・ブミ・セハット

私がはじめて、アンマとつながったのは、バリ島ウブドゥにある無料産院で
ほんの一瞬、閃光のようにきらめいた、文字通りの“光”でした。

その産院の名前は、ヤヤサン・ブミ・セハット・・・。
(Health Mother Earth という意味だそうです)
アメリカ人のイブ・ロビンという女性が、運営しています。
(こちらが、サイトです。ここの素晴らしい活動をぜひご覧ください)
http://www.robinlimsupport.org/

2005年の5月、私は、エサレン研究所のティーチャー、エレン・ワトソンのダンスとボディワークのワークショップに参加するため、ウブドゥに20日間、滞在していました。
ずっと、エサレン研究所に向かっていた足が、突然、アジアへと、何かが私を向かわせたように感じました。

そのときの、エレンのワークショップのクラスメート、ロバートの唱えるチャンティング、「聖なる母の千の名前」(ヒンズーの女神たち、1000の名前を唱えるチャンティング)が、滞在していたコテージのある森に、毎朝、響いていました。
気になって、聞いてみたら、それは、アンマが弟子に暗唱を勧める祈りの言葉でした。

ロバートは、ふと、私に同じ月の5月の終わり、東京に訪れるアンマに会いに行くことを私に勧めましたが、私の重い心は、動きませんんでした。

ワークショップも終わり、クラスメートたちが去った最終日、マウイ島に暮らす日本人女性のお友達、,MIKAさんが、ウブドゥにやってきました。彼女は、かつて、アメリカ人の旦那様と、このウブドゥで出会い、そして、しばらくの間、ウブドゥに暮らしておられたそうです。(MIKAさんの旦那さまは、Tarot de Paris という美しいタロットカードの作者である、フィリップ・トーマスさんです)

私は、バリでの最後の一日を、MIKAさんと一緒に過ごすことにしました。
MIKAさんにとっても、久しぶりの懐かしいバリだったそうです。

そして、MIKAさんの、バリ時代のお友達である、アメリカ人助産師の、イブ・ロビンの運営する、ヤヤサン・ブミ・セハットに、一緒に、連れていってもらったのです。
そこで私は、アンマの大きなお写真を見つけました。

あ、ここにも、アンマが・・・。

最後に、アンマの写真をよく見てみようと、3歩、歩んだとき、
大きな、白い光が、目に飛び込み、私は、一瞬、我を忘れました。
心の中に、とてつもなく、大きなものが、飛び込み、そして、広がっていきました。。。
私は、そのとき、何かに“遭遇”してしまったようです・・・。
それは、バリを立ち去る、5時間ほど前のことでした。



それから1週間後には、東京のアンマの会場に行き、生身のアンマに出会いました。
そして2年後・・・、アンマは、神戸の町に、訪れてくださってました・・・。



私が“光”と出会った、奇跡の場所・・・。
バリ島、ウブドゥの、無料産院、“ヤヤサン・ブミ・セハット”・・・

私は、大勢の方に、ここのことを、お知らせしたかったのですが、
うまく、説明することが、できないまま、4年がたってしまいました・・・。

でも、最近、MIKAさんが、再び、ここに訪れ、手記を書いてくださいましたので、
皆さんに、ご紹介したいと思います。

愛と力にあふれた場所です。
私が出会ったアンマの光は、"ここ"から発せられていました。
母の力、母の愛のあふれる真実の場所だと思います。

いま、ここのことをもっと感じたいし、そして、多くの方に
お知らせしたいと思います。


光の源に帰りましょう。
この”歴史的な日”に・・・。




(以下、MIKAさんの手記を転載しますね!)




今回のバリ巡礼の旅の大きな目的は、このヤヤサン・ブミ・セハットという友達のロビンがはじめた無料産院のお手伝いと取材をすることでした。

ウブドに5泊滞在しました。北海道からも、友人の看護士さんが見学をしたいと
急遽くれることになり、一緒に行動。

バリははじめての彼女のために、ウブド周辺を案内しながら、一日一回産院に顔をだすという具合。私の滞在中は珍しくお産の数が少なくて、1日一件くらいでした。多いときは11床のベッドがすべて埋まる時もあるそう。

ちょうどいる間には、サラスワティ(弁天様)を祝う日もありました。

私のインドネシア語も、結構まだ生きていて、バリニーズの妊婦さんや、家族、助産婦さんたちとも楽しい会話をしてきました。

私たちが陣痛中から介助していたアリアンちゃん22歳(赤ちゃん抱っこしている写真)は二人目の出産。一人目の男の子はいま3歳。この子は病院で生んだそうだけど、その出産費用の返済をまだし続けているという。およそ2万円。今回は、この無料産院での水中出産となりました。

私たちも浴槽の回りで一緒に見守りました。彼女がいきみだすと、二人の助産婦さんとロビンが、このYoutubeにもアップした、ガーヤトリーマントラを歌いはじます。そのやさしい音色と歌声がなんともいえず空間をかえていくのです。ゆっくりとやさし~く、愛を込めて妊婦さんと赤ちゃんを励ましながら歌うマントラ。ガーヤトリーはヒンズーの大いなる母の女神。インドではとてもポピュラーなマントラだそうです。蓮の花の上に座った顔や手をいくつも持つ女神の絵がそれです。以前、バリに住んでいた時に、このマントラを友達から授かったことを思い出しました。

友達とこの歌覚えたいね~って、聞いたら、このyoutubeを教えてもらいました。以来、よく声に出しても歌ってます。これを唱えると、大きな母なる海にゆられているような、気持ちいい~~~~感覚になるのです~。
http://www.youtube.com/watch?v=cg4o3PAYjX8&eurl=http%3A%2F%2Fmixi.jp%2Fview_diary.pl%3Fid%3D1264887184%26owner_id%3D770501%26comment_count%3D11&feature=player_embedded#t=11

5回ほどのいきみで生まれてきたのは、元気な男の子でした。ユダくんと命名されました。

お父さんも横で見守り、立ち会いました。安堵感と喜びに満ちたお父さんの顔もよかったな~。胎盤は小さなボールにいれて、へその緒はすぐに切らずに、一緒に浮かばせてます。浴槽の中に入っていた様々なお花を胎盤のボールにいれて祝福。バリ人にとって、胎盤は赤ちゃんの兄妹同然。大切に実家の庭に埋めて、儀式をします。

この日の午前3時くらいに出産をしたのが、オシンちゃん。(写真はオシンちゃん美人3姉妹とママ)なんとあの『おしん』がテレビで流行っていたそうで、その名前になったらしい(汗)。アジアの人は苦労話が好きなので、きっととても忍耐強い人になってほしいと思ったのかな。彼女のうちは女系のようで、赤ちゃんもかわいい女の子でした。
21歳の大学生さん。半年休んで、また学校に復帰するそうです。

母乳をあげるのもだんだんと慣れてきて、母になっていくのですね~
病院では、日本の一昔のように、粉ミルク会社と病院が癒着して、母乳ではなく、そっちを勧める傾向があるのだとか。ここでは、母乳育児推奨のすばらしいインドネシア語の本もだし、無料配布しています。

看護士の友達も、お産の場面に立ち会うのは、随分前に学生だった頃のみだそうで、ここの自然分娩とマントラにやられてました!

また、週に2回、レイキをやってくれるバリニーズの素敵な紳士のおじさまもいます。私はちょっとめまいが続いていたんだけど、彼のレイキを受けて、ぴたっと治りました。彼は5年前に末期がんだったとき、レイキを受けて、よくなったのだそうです。それから自分も習い、今はここにやりにきているそうです。彼のお話もとても深くてよかった(私のいたらないインドネシア語力でわかる範囲だけど)。すべての病気や状況は自分の思考が作りだしていることだと。若いママたちに、子育てについての自分の意識の持ち方についても、お話していました。

35年ほど病院で助産婦として働いていたパワフルおばちゃんたちも、一度リタイヤしたけど、まだ社会貢献したいと、ここのスタッフとして、シフト制で働いてます。

海外からのボランティアはアメリカ、オーストラリア、イギリス、などから来ていました。

イブ・ロビンのビジョンと行動力には本当に頭が下がります。彼女の真剣さを応援する人たちが世界各地にいるわけです。スマトラの津波被災地、アチェにもすぐにクリニックを作りにいきました。いまでは、現地のスタッフだけでも
運営していける素晴らしい自立したクリニックになっているそうです。

そこで、助産婦さんの資格をとるために学校へ行っている二人のスマトラ人の若い女性もいます。彼女たちの学費を全面的にバックアップしているのが、日本のチャウトリという団体です。そこを起こした山口悦子さんにも偶然、ブミセハットでお会いできました。彼女は年に一回、寄付金を届けにいらっしゃるそうですが、たまたまその日に私たちも居合わせたわけです。
彼女の慈善団体も素晴らしい活動をしていらっしゃるようです。

このように、多くの人たちのサポートを得て、なりなっているブミセハット。
熱い思いで、素晴らしいことをやっている人には、多くの仲間やサポートが集まってくるという、心強い見本です。もちろん、ここまで来るまでの様々な障害や、まだまだ難しい問題点もありますが、でもあきらめないでやる。
国境を越えて、自分にできることで活動に参加する、という共同体の縮図のようでした。

とっても有意義で幸せな時間を共有させてもらい、テリマカシ~~~~~!!


(写真は2005年のバリに訪れたときのものです。
ヤヤサンブミ・セハットの入口にあるマークと、そこのキッチンで見たアンマのお写真と光)a0020162_15414317.jpga0020162_1542425.jpg
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by reiko-koyago | 2009-08-30 15:44

初盆の“熊野の旅”

主人のお母さまが3月にご他界されたので、今年のお盆は初盆でした。
とても優しい方で、もっと、ご一緒したかったとしみじみ思います。
去年の夏は、主人の京都の実家で、お義母さんと、主人と私と息子のジョナと4人で暮しました。
それが、いまとなっては、大切な思い出です。
お義母さんは、もう、ご自身の寿命を悟っておられたようでした。
短い間でしたが、最後にお世話ができて、いい思い出をくださったことが、
私への最大の贈り物だったように感じます。

この夏も、ジョナが帰国していたので、13日には3人でお墓参り。
父親の陰謀で、なぜかジョナは般若心経を暗唱できちゃうのですが、
おばあちゃんの墓前で唱えて、泣いてました。

14日から16日には、旦那が一度熊野に行ってみたいというので、
3人で熊野詣での旅に行ってきました。

熊野に行くのは、5年ぶりぐらいでしょうか?
いっとき、なんども、熊野に足を運んでいたのですが、今回は、久しぶりの熊野・・・。
これまでは、誰かが車に乗せて連れて行ってくれたのですが、今回は、電車の旅だったので、
乗継にいろいろと工夫がいりましたが、電車やバス、船も使っての、なかなか、楽しい旅となりました。
うまく熊野三山も巡れたいいコースだったので、ちょっと長いですが、ご紹介したいと思います。



朝、JR特急スーパーくろしおに新大阪から乗って12時半ごろに白浜へ。
白浜駅には、本日宿泊する渡良瀬温泉ホテルやまゆりのお迎えのバスが来ていました。
白浜から熊野本宮近くの渡良瀬温泉までバスで約1時間。
昼すぎにチェックインして、そこから、本宮まで車で送ってもらいました。

少しだけ、熊野古道を歩いてみたいのでお願いしたら、
30分、1時間、2時間コースと、いろいろあったのですが、今回は30分コースに。
三軒茶屋跡までおくっていただき、そこからスタート。
木漏れ火のそそぐ森の中、ゆるやかな石畳をくだって祓所王子を経て熊野本宮大社の裏側に出ました。
そこで、熊野本宮大社を参拝。
ジョナは熊野のヤタガラスがJリーグのキャラクターなので親近感を感じたようです^^。

そこから歩いてすぐの熊野本宮の旧社地である大斎原(おおゆのはら)へ。
何年か前に大鳥居(日本一だそうです)が建ってわかりやすくなりましたが、
私が初めて熊野にいったときにはまだ大鳥居はなく、見落としてしまいそうな場所です。

蟻の熊野詣といわれた天皇貴族庶民にいたるまでの熊野三山詣での中心寺院である
熊野本宮大社は、もともと熊野川中洲であるこの大斎原にありました。
明治22年、1889年に大洪水がおこり流され、少し高台である現在の社殿に移されたそうです。

1000年近くも信仰の対象だった熊野本宮の社殿が洪水のためとはいえ移築されたとは、
なにやら意味ありげなことだと感じてしまい、年表で1889年になにがあったのか調べてみますと、
大日本帝国憲法発布の年であることがわかります。
近代国家として日本が新しいスタートをきった年であると同時に、
その憲法には天皇の大権と中央集権制の色彩の濃厚な旧明治憲法の公布・・
その後の日清、日露、日中戦争から太平洋戦争へと、軍国主義の歩みが暗示される
熊野本宮大洪水事件だったのではないかとふと想像してしまいます。。。

アマテラスオオミカミを祭る伊勢神宮に対して、
その弟であるスサノオノミコトを祭るの熊野の本宮大社・・・。
太陽神であり高天原を統べる姉のアマテラスに対し
この地上であり大海原である中津国、すなわち地球を統べるスサノオ。。。

現在の熊野本宮大社社殿では、スサノオ、アマテラス、そして、その両親である
イザナギ、イザナミノミコトが祭られています。





さて、この大斎原のすぐそばに、熊野川が流れています。
ここの中洲は、熊野川、音無川、岩田川の三つの川が合流するところ・・・。

大斎原の横の、熊野川の河原は、私の大好きなスポットのひとつなので、
熊野本宮に来たら必ず寄るようにしています。

日本古来の神道は、自然崇拝で、すべての存在にスピリットが宿るという
ア二ミズムに寄ると思うのですが、熊野に来るとそれが如実に実感できます。

熊野本宮もまた、この大自然の神々が顕現したものであると感じずにられません。
どこまでも続く山々、森の木々の深さ、そして、
この翡翠色に輝き澄み渡る熊野川・・・。

かつで神武天皇が大和へと進む道すがら、導き手であるヤタガラスと出会ったのは、
ここではないのかしらと、想像をめぐらしてしまう、この熊野川の河原。。。
澄み切った空気は、時間がとまったように感じさせられます。
まさに過去と未来が交差し、閃光のような「いま」が立ち上がるゼロ空間・・・。

川に足をつけていると、全身が澄み渡り、暑さも疲れも吹き飛びます。
空にはトンビやワタリガラスが飛んでいます。
ここでは、じっくり、空間を感じながら、瞑想したいところ・・・。

でも、17歳のジョナは、無心に川で石投げをして遊んでいます。
瞑想なんて、17歳の少年には野暮なこと^^。
まるで石を投げいりながら、川と対話をしているようにも見えてきます。


あっというまに1時間がたちました。


5時すぎにホテルやまゆりに電話したら迎えにきてくれました。
ここのホテルは送迎があるので、私たち電車での旅人にはラッキーです。
ホテルにもどってからは、西日本最大の露天風呂にはいって疲れを癒し、
夕飯を食べて、はやめに寝ました。




二日目は、ホテルをあとにし、バスに乗って、
熊野川川舟下りセンターへ・・・。

今日は、熊野本宮から新宮速玉大社へ・・・。
昔ながらの川下りの方法で移動します。

この熊野川の、川舟下りは
熊野が世界遺産に登録された年の翌年の
いまから4年前にスタートしたそうです。
だから、以前私が熊野にきたときは、まだなかったそうです。

ゆったりとした流れの熊野川を、川舟で下っていきます。
台風のあとなので、川の色が少々濁っていて、
いつものエメラルドグリーン色ではなかったですが、
それでも、なかなかの美しい光景でした。

この熊野川は熊野の聖なるスピリットの象徴のひとつなのでしょう。
いままでにない、自然との一体感を感じる体験でした。

川舟で約1時間。
熊野川の河口へ。。。
もう少しすすめば、もう、そこは太平洋・・・

熊野の新宮の町です。
熊野川の河口もまた、私の大好きなスポットのひとつ。。。
かつて大阪から大和に入ることができなかった神武天皇が
船で迂回して入ってきた神話の聖地です。

川舟を降りると、迎えのマイクロバスがきていて、
数分で熊野新宮速玉大社へ・・。

最近、ここには川原町横丁というお店やさんができていて、
ここで、めはリ寿司とさんま寿司で、軽く昼食。
お店の方にお願いして、荷物を預かっていただき、
すぐそばの熊野新宮速玉大社へ。。。

新宮というだけあって、ここは独特のすがすがしさのある大社です。
なぎの大木がご神木として、そびえます。

さらにそこから歩いて15分から20分。。。
本日のメインイベントの神倉神社へ・・・。
大きな巨石、ことびき岩という磐坐が御神体の古い古い神社です。
伝説よると熊野の神々はまず、このことびき岩に降臨したそうで、
岩の上ではお参りしにくいので、山を降りて河原付近に建てられたのが
いまの新宮大社だそうです。
新宮というのは本宮に対する新宮ではなく、
この神倉神社に対する新宮なのです。

さて、この神倉神社。
見上げるとくらくらしそうな538段の石段がそびえます。
非常に古い石段で、なかなか登り辛いのですが、
神様に逢うためなら、なんのその・・・。
根性で登ります。
17歳のジョナは走って登ってしまいましたが、
私たち夫婦は、ゆっくりのんびり上がります。

のぼりきると、見上げるような御神体の巨石、ことびき岩。
そして、見下ろすと、熊野川河口と青い太平洋、そして新宮の街・・・。
見上げても見降ろしても絶景が広がります。

海、空、川、そして山・・・。
この大いなる巨石は、熊野の大自然が悠々とみわたせ、
そして融合する神々の座するところ・・・。

神倉神社にくると、古代の日本神道がいかに自然と一体となっていたのかが、
とても、よくわかります。

私は、ここから見下ろす熊野川河口の風景がとても好きです。
この、太平洋の大海原に続く新宮の地が、
何千年ものあいだ、黒潮にのって海を越えて訪れる人たちを受け入れてきた
開かれた地であったのが、ここからの光景を見ていると
とても理解できるからです。

実際、この地には、神武天皇上陸の伝説より以前にも、
秦の始皇帝に命ぜられて不老長寿の薬をもとめて
日本に大移住してやってきた、中国の徐福の伝説も残っています。

ロッククライミングにこっているジョナは、
このことびき岩をみたら、登りたくなるようで・・・。
でも、神様に叱られるからと断念^^。

私もジョナに勧められて、最近、神戸のボーダリング(室内でのクライミング)の
クラスに通いはじめました。
なかなか、面白いです^^。
(いつか、岩登りもやってみたい)

ふたたび川原町横丁にもどり荷物をもって、タクシーをよんでもらい、
JR新宮駅へ(今回、タクシーをつかったのは、このときだけでした)

JR普通電車で紀伊勝浦駅へ。
今日のお泊りは、洞窟温泉で有名なホテル浦島・・・
紀伊勝浦駅から歩いてすぐの桟橋から船にのってホテルへ・・

でも、ここは、あまりにも、マンモスホテルで
ちょっと人酔いです。
そのぶん、お値段はお盆料金なのにとてもリーズナブルでした。

なんか都会の百貨店のバーゲンセールにきたみたいで、
あまり落ち着かなかったのですが、お部屋からは海がきれいにみえてくつろげました。

それに、なんと、大きな卓球ルームがあったのです!

映画「ピンポン」を、高校の日本語クラスの先生に見せてもらったそうで、
それいらい、ジョナは卓球が大好き・・・。
来年高校卒業までに、学校に卓球クラブをつくってのこしたいと燃えていました。

日本にきたらぜひ「温泉卓球」を楽しませてあげたいと思って、
このレジャーセンターのようなホテルを選んだのですが、
みごとピンポン♪ ありました~
卓球ルーム♪
テーブルは3台。窓からは、太平洋が広がっているぜ~~~

その日は予約いっぱいだったので、翌日の朝に卓球を楽しむことに。
その日は、温泉はいって、ご飯たべて、早々に就寝。



というわけで、三日目の朝は、ホテルでは大卓球大会♪
相手がいないとできないので、ジョナのお相手は、まず旦那が・・・。
旦那必死にがんばってましたが、17歳との卓球ラリーはやはりハード・・・
途中私もかわって相手しましたが、うん、意外とやれちゃう^^。
面白いです~  卓球 ♪♪♪


大卓球大会も終わり、ホテルをあとにし、紀伊勝浦の駅へ。
駅のコインロッカーで荷物をあずけて、バスにのり
最終日のメインイベント、熊野三山のひとつ那智大社のある那智の滝へ・・・。

那智の滝には、何度もきてますが、
なんど来ても、素晴らしい・・・。
紀伊勝浦駅から那智駅を経てから、
バスはどんどん山の中へと入っていきます。
すぅっと聖地らしさが漂ってきたあたりから、
はたと現れる那智の滝。
バスは滝前でおりて、那智大社の本尊である
那智飛瀧神社に参拝。
そこから、那智の滝の滝壺あたりまで近づくことができます。

私はいぜんこの滝に向き合ったときに、
白い観音様を感じたことがありましたが、
ある人いわく、それは、昇華したイザナミノミコトだそうで・・・。

新宮速玉大社が、スサノオの父であるイザナギならば、
ここ那智大社は、母のイザナミの聖地・・・。

今日は8月16日、送り盆の日。。。
主人のお母さまの初盆の送り盆の日に
ここにお参りするのは、とてもふさわしいような気がしました。

滝にちかづくと、すずやかな飛沫がはじきとび、
心もからだも、洗われていくのを感じます。





さて、この滝よりも上にあがったところに、
那智大社と、その神仏習合寺院である青岸渡寺がありますが、
そこにはお参りせず、古代の熊野の古道のひとつである
大門坂を下ることに・・・。
木漏れ日の中、苔むした石段を降りていきます。。。

時間の関係で最後までは降りきらず、
バス停熊野古道でバスに乗ることに・・・。

そこから、JR那智駅へと向かいそこで下車。
(バスは、紀伊勝浦から那智大社まで往復1000円で乗り放題です)

目指すは那智海岸。
夏の旅の最後を飾るのは、やっぱり海水浴でしょう~~~。

太平洋の青く澄んだ海が、那智駅のすぐ前に広がります。
海の家もあり、シャワーも完備。
人もそれほど多くない、快適な白い砂浜のビーチです。。。

まずそこの海の家で軽く腹ごしらえしてから、
いざ、海へ!
海水浴なんて、ほんと、久し振りです!
水球クラブに所属する水好きのジョナも大喜び。
旦那も、スイミングクラブで鍛えた水泳の腕前を
息子と競えて楽しそうでした。

この那智海岸は、昔、補陀洛渡海浄土といって、
僧侶が、海の向こうの補陀洛浄土を目指して
一人で小さな船に乗りどんどん沖へと渡っていったという
慣習があったところだそうです。
近くには補陀洛寺があり、那智大社へと続く道の入り口にあります。
いくつもある仏の浄土のうち、
南方の海上にある観音菩薩の浄土のことを「補陀洛」とよんだそうです。

この海の向こうには浄土がある・・・。
そう感じた古代人の思いと重なりあい、
今日の送り盆の日を、なきお義母さまの
精霊流しをこの海岸でおこなえたような気がします。

(そんなことを感じていたのは、私だけで、
あとの二人は海水浴と砂遊びに興じておりましたが^^)

2時間ほどビーチで楽しんだでしょうか。。。
仕上げに、やはり那智駅前にある、丹敷の湯という公営温泉場で
軽くひと風呂あびて、
それから、同じ路線のバスが来たので飛び乗って
JR紀伊勝浦駅へ・・・。

お土産とお弁当を買って、コインロッカーの荷物を取り出して、
午後4時5分のJR特急スーパーくろしおに乗って大阪に戻ったのでありました。





はじめての電車での熊野の旅。
意外と快適でした^^。
お盆は、交通渋滞が激しいので、こういうのも、いいもんですね♪



山あり、森あり、木々あり、川あり、鳥のさえずり、温泉
風、太陽に、巨石に滝に海・・・。

熊野の神々は、熊野の自然に宿るのを
あらためて感じながら、
古代の人々も、
こうした自然の息吹と身を溶かすように触れ合って
生命力の回復を願ったのを思いました。



今回は、私の大好きな「花の窟」や「玉置神社」には、
足を延ばせませんでしたが、
熊野三山をしっかりとまわれた、
なきお義母さまのお弔いの熊野詣となったような気がします。

浄土で、永遠の魂となって、
やさしい笑顔で私たちを見守ってくださっていると、感じます。。。。



合掌
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by reiko-koyago | 2009-08-20 17:10

9/5,6、インド占星術(ジョーディッシャ)鑑定のお知らせ

下記募集は、今朝(8月19日)、予約が完了となったそうです。
お問い合わせ、まことにありがとうございました。

    ★

3年前から、アンマのカナダ人のお弟子さんであるプラサンナンさんの、ジョーディッシャ(インド占星術)の鑑定会場として、うちのセッションルームを、お貸しするお手伝いをさせていただいております。

今年は、9月5日(土曜日)、6日(日曜日)
まだ、予約の枠があいているそうなので、御関心のある方は、この機会にぜひご体験ください。
くわしくは、こちらのサイトをご覧ください。
http://www.amma.jp/web/macenter/jyotish/kobe.html
(もうすでに、半分以上は、埋まっているそうなので、ご興味のある方は、お早目に、ご予約ください)

こちら、プラサンナンさんのプロフィールです。

●プラサンナン氏プロフィール●
カナダ出身。若い頃より天文学に興味を持つ。ブリティッシュコロンビア工科大学卒業。在学中、CMAプログラム(公認管理会計プログラム)で金メダルを受賞。 TELUS(西カナダの電話会社)のファイナンシャルプラニングマネージャーを務め、100億カナダドル以上の年間支出予算案を組み、その結果管理も任される。 1990年聖母アンマに出会い、1992年インドに移り、そこで以後14年に及ぶジョーティシャの研究を始める。アンマより瞑想などの霊性修養を学び、ジョーティシャで著名なスリ・K.N.ラオ氏よりインド占星学を学ぶ。(ラオ氏は、世界最大のジョーティシャスクールの設立者・校長であり、ジョーティシャに関する30冊以上の著書を出版。)プラサンナン氏は現在、ジョーティシャに関する研究論文を定期的に占星学のジャーナルに掲載している。これまでに延べ25,000人以上のホロスコープを作成、分析及び鑑定を行っている。


1枠30分1万円ですが、適格でスピーディなので、十分な感じがします。
また、ご自身の" 正しい”出生時間も、見つけてくれます。
でも、さらに深く知りたい方や、また、出生時間がまったくわからない方はそれを探すのに若干時間がかかりますので、2枠(1時間)の鑑定をお勧めします。
(鑑定費は、すべて、アンマの慈善活動に寄付されます)


ジョーディッシャとは、「光の科学」という意味で、人は生まれながらにして、星の影響を受けて生まれてきていて、それを読み解くことで、無意識のうちにつかまってしまっている様々な問題を意識の光に照らし、生きていく上での困難な出来事と向き合う知恵を提供するものです。古代インドの叡智の集結したもので、西洋占星術や四柱推命はここから派生したものだそうです。

また、避けがたい星の影響を少しでも緩和するために、プージャやホーマがあり、とくに、ホーマは、日本の「護摩焚き」の語源で、火をつかっての祈祷の儀式はとてもパワフルです。
10月11、12日に、神戸「しあわせの家」で、アンマのお弟子さんのスワミジさんと、シャンタジさんによるリトリーとがあるのですが、そのときに、ホーマの儀式もあります。
この秋は、9月にジョーディッシャの鑑定をうけ、10月にホーマが受けれるという、とても、いい組み合わせとなっております。ホーマには、カルマの解消という、とてもパワフルな効果があるようです。

ジョーディッシャとホーマは、人々が、さけがたいl苦しみの中で、生きていくのを、少しでも和らげるために、アンマから提供される“慈悲”なのでしょう。。。。




  ★



世界中の、生きとし生きる、すべての存在が、平安でありますように。。。
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by reiko-koyago | 2009-08-18 12:30

“Essence of Touch” 9月開講します。

下記募集は、定員により終了いたしました。
次回、11月ごろにに新しいクラスをスタートしたいと思います。
また、お知らせいたしますね!



お客様たちの間で、私も触れたい、心地のいいタッチを提供したいというご要望から、ごく自然と2003年よりスタートしていたタッチ&ヒーリング講座・・・。

昨年夏より、実質お休みしてたのですが、、、、。
ひさしぶりに、やらせていただくことになりました。

新バージョンは、着衣のままでのタッチヒーリング・・・。

より内側を感じながら、ゆったりと、リラクセーションを高め、タッチの質を向上していくことにフォーカスしていきます。

クラスの名前は


" Essence of Touch "


私の10年間の体験と、研究を集結して、“ほんとうに大切なこと”を、“本質的なこと”、そして、魂に響くヒーリングタッチを、皆さんと一緒にシェアしていきたいと思います。

以下、お知らせです。
ご興味のある方は、お声かけくださいね!


9月開講 "  Essence of Touch "


日時 :   9月11日より  第二、第四金曜日  午前11時から午後4時まで
       (途中、軽い休憩とお茶タイムをいれます)
場所 :   タッチ&ヒーリング研究所 
参加費 :  5000円
       定員6名(残席4名です)
[内容]  
  クラスは、①講義 ②ムーブメント&瞑想 ③実技(マッサージテーブルを使用しての着衣のままでのセッション)で構成されます。

  講義の内容は、タッチの様々な性質と可能性、エサレン研究所の歴史とソマティックス、トランスパーソナル心理学の概要、ボディワークの歴史。感覚・感情・思考・霊性のつながりとホリスティックな観点。気やエネルギーについてのシンプルな考え方、ヒーリングの諸相についての概要をお伝えします。

  ムーブメントは、身体全体のつながりへの気づきを高め、内側から自然とわきおこる動きにフォーカスします。また、瞑想を通して、内なる静けさを感じます。セッションに大きな効果をもたらす、“呼吸・重力・ゆらぎ”の動きを、体験的に身につけていきます。

  実技は、着衣のままでおこなうことで、よりゆったりと、内側への気づきを高め、心技体を高めます。
  セッションにおいて、もっとも重要であるタッチの質を深め、また、受け手との関係性やアプローチ法、からだの使い方、リラクセーションの質の向上、聖なる空間と祈りについて、などを、体験的にマスターします。また、触れること、触れられることでおこる、心理的な問題にも取り組みます。

  技術よりも、質を高めることをテーマにしますので、初心者の方も、経験者の方にも、ご参加願えます。
  6回終了後は、引き続き、交換セッションとシェアリングのクラスをもうけて、さらに内容を深めていきます。

  このワークは、ボディワークでもあり、そして、ごく自然とエネルギーワークでも、あります。
  また、本質的であると同時に、実践的なワークになっていくとも、思っています。




また、大好評のうちに終了しました、久保隆司先生の、ローゼンメソッドボディワーク入門講座も、ひきつづき、3~4か月に一回の間隔で、開催します。次回は、10月3日の土曜日を予定しておりますので、また、詳細きまりましたら、お知らせしますね!




この素晴らしき、タッチワールド&ヒーリングワールド。
これからも、どんどん、広げていきましょう~



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by reiko-koyago | 2009-08-11 11:52

amana space &NPO法人タッチケア支援センター代表の中川れい子(旧:こやごれーこ)メッセージブログです。お問い合わせは mail@amanaspace.com 。 HP http://www.amanaspace.com/ http://touchcaresupport.com/
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