レイライン通信 ~ 光の循環 / amana space からのメッセージ~ ~      

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”こころにやさしいタッチケア” あと数日で出来上がります!

 ゴールデンウイークの被災地でのボランティア活動が終わってから、ずっと、校正にかかりきりです。
 デザイナーのかなもりゆうこさんには、いろんな無理を聞いていただいております。
 なにせ、こんな短期間で、30ページ以上の冊子を作るのですから。。。

 思えば、この1-2か月。
 まるで、文章を書くのが自分の仕事のようでありました。
しかも、不特定多数に向かって書くのですから、本当に大変です。
 まったく、偏りのない内容かというと、パーフェクトではありません。
 誰が読んでもわかるように、でも、こちらの思いも伝えたい・・・。
 そのせめぎ合いの中で、作成が進みました。

 まだまだ不完全な点は多いですが、まずは、このあたりでタイムアウト。
 あとは、今後の自由闊達な議論の可能性に、ゆだねましょう。

 ご一緒に作成協力してくださっています、NPO法人関西アロマセラピスト・フォーラム副理事の宮里文子さんのご尽力で、さっそく、新聞社さんが、取材にきてくださりました。

 詳しくは、NPO法人タッチケア支援センター公式ブログをご覧ください。
 http://touchcare.exblog.jp/15630520/

 宮里さんも、阪神大震災で被災され、その後、避難所、仮設住宅をご体験されました。被災された方のお気持ちが、痛いほどわかられる方で、私は半壊家屋での自宅避難者でしたが、避難所・仮設とボランティアでかかわっていたので、宮里さんの温かい気持ちが、非常によく伝わってまいります。
 もともと、この法人を立ち上げるときにも、いろんなアドバイスをいただいてきたのですが、震災以降、一気に絆が深まりました。ゴールデンウイークもご一緒に被災地へ。

 そして、宮里さんとご一緒に、完成したガイドブックを、前回訪れた岩手県の大槌町に、再び訪れ、実際に手渡せれたらと、今、ささやかな夢を胸に抱いております。

以下、「こころにやさしいタッチケア」目次です。

こころにやさしいタッチケア
~ストレスの緩和と、PTSD予防のための、タッチケア&スキンシップ・ガイド~

1、メッセージ
2、はじめに
4、タッチケアの効能
6、さぁ、ふれてみましょう。
    ~こころにやさしいタッチケア 基本実技~
12,   マッサージの生理的効果と禁忌事項
14,   親子でできる、簡単「手遊び歌」タッチケア
    きゅうりの歌(キッズ編)
    大きな栗の木の下で(ベビー編)
18, ベビーのための、オイルマッサージ
    「ぎゅ~と抱きしめて、優しい思いを伝えましょう!」
22 支援者や家族以外の他人がタッチケアをおこなう場合、特に気をつけたい注意事項
24 こころにやさしく、心地よいタッチケア
    ~おすすめしたい10のことがら~
28 皮膚と脳、そして、こころ
30 あとがき
32   こころにやさしいタッチケア製作にかかわってくださった皆様
33   お問い合わせ先 / NPO法人タッチケア支援センター


 
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by reiko-koyago | 2011-05-27 00:07

dragon's days (2011年版)

金曜日に認証がおりたので、週末は法務局に申請するための書類を作成していました。それ以外に、6月11日の「地球交響曲7番」の上映会のお知らせDMの作成や、現在作成中の「こころにやさしいタッチケアガイド」の校正など、仕事はいっぱい。。。明日は午前中は尼崎の法務局へ登記へ(さて一回でパスするかどうか^^)、午後は被災地で無料配布する予定の「こころにやさしいタッチケア」の件でさっそく朝日新聞社から取材が。。。ありがたいことですが、いやはや、ほんと、忙しい。。。

とにかく、現実に生きる日々が続きますが、ブレイクも必要。
いま、明日提出する登記用の書類も書き上げてふうぅっと深呼吸・・・。
すると、何を思ってか、最近はまったく使っていない、過去のmixiの日記をぺらぺら見はじめてしまい、そして、こんな詩がでてきました。5年ほど前に書いた日記です。

夜の大阪の地下鉄を、i-pod の音量を少し大きくしてロックを聞きながら乗っていたとき。
古い古い友人(魂)の声が語りかけてきた言葉を、帰宅後、急いで、書き記したのものです。

あまりの現実の忙しさの中で、魂を見失わないために、
もう一度、このrayline 通信でも、書き記しておこうと思いました。

私は、どこからやってきて、
そして、どこへ行くのか・・・。

ふたたびおとずれた
(あるいは、あのころからずっと続いていた)
2011年の、” dragon's days ”のために。
古い、魂の友人からのメッセージです。


(こういう詩は独身のときじゃないと書けないね^^。うまいこと明日から旦那は出張です~)






覚えていてほしい。
<生きる次元>というものが
確かに、在る。

それは、天でも、地でもなく、
3次元でも
4次元でも
5次元でも
6次元でもない。

形にも、言葉にもすることができない。

それは、
次元間をすりぬけ、
惑星間をかけめぐり
星雲間を光速で抜けていく。

とどまることはなく
一瞬の内に凝縮し、
砕け散り
気づき
目覚め
そして、
何事もなかったのように
過ぎ去っていく・・・

あなたたちは

それを、
魔術
閃き
恩寵
奇跡
至福
歓喜
あるいは
革命
悲劇
苦悩
恐怖
などと、よぶかもしれない。


しかし、
それは、言葉では決して定義できない。



天と地をかけめぐり
多次元間をいく。
もちろん、
善悪も超えていく。


先人は
それを

<龍>
と、よんだこともあるかもしれない。

あるいは

<光>

(あるいは、音楽と、低くつぶやく声・・・)


いずれにしても、それは一瞬一瞬
刻々と変化しながら、
過ぎさり、
意味も形も受け入れず
光速で駆け巡り
空中に消える。



たとえていえば、
宇宙空間を疾走する
<彗星>のよう・・・



何光年も行き交い
果てしない
終わりなく駆け巡る

永遠の旅人であり
<愛情>


だから、いとしい人よ
聞いてほしい

集中せよ。
何も信じるな。
それが、極限を生きるということだ。

そして、
龍の尻尾を見かけたら、
かならず、せいいっぱい、手を伸ばせ。


あなたがたは、一瞬一瞬で完璧だ



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by reiko-koyago | 2011-05-22 15:45

本日、兵庫県庁でNPO法人として正式に認可されました。

 「ここまでくるのに、みなさん、いろいろと努力されたでしょう」と言われながら、局長さんに手渡された、兵庫県知事の印の入った正式な定款。

 構想10年、実行5年、実労9か月って感じかしらん^^。

 まぁ、楽じゃないですが、この作業をへる間に、鍛えられた感があります。
 この先も、こまごまと、面倒な書類作成とのご縁が続きますが、なんとか乗り切っていけそうです。
 今までの、人生であまりやってこなかったので、こういうのって、新鮮なんでしょうね^^。

 NPO法人タッチケア支援センターの、公式ブログにも、アップしましたのでご覧ください。
 http://touchcare.exblog.jp/15581859/

 青いきれいな新しいリーフレットもできたので、「地球交響曲7番」のチラシと一緒に、DM作成中。
 もうすぐ、お届けしますね。
 週明けには、法務局にいって、法人登記です。
 まだまだ、修行は続きます^^。

 6月11日、芦屋市民センターでの、「地球交響曲7番」の上映会が、船出式となります。
 みなさん、ぜひ、いらしてくださいね!
 
 こちら、東日本大震災チャリティ上映会となります。
 龍村仁監督も、いらっしゃいます。
 
 詳細、こちらです。
 http://touchcaresupport.com/screen_guide.html


  
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by reiko-koyago | 2011-05-20 16:52

「見る」のではなく 「ふれる」ということ。

東北被災地での活動を終え、5月6日夕方に仙台駅を出発。2つの新幹線を乗り継ぎ、夜遅くに関西の自宅に戻りました。くたくたながらも、自宅があり、自分の寝室があることが、いかに恵まれているのかを実感しました。今なお、被災地の避難所暮らしを続けておられる方が、あれほど大勢おられるということを思わずにいられません。

 昨日、NPO法人タッチケア支援センターの公式ブログを立ち上げました。
 http://touchcare.exblog.jp/
 今後の活動報告、最新情報を、こちらから発信いたします。

 取り急ぎ、東北での活動記録は、こちらに記載いたしました。
 少し長いですが、お読みいただけましたら、幸いです。

 岩手、大槌町(5/3.4) http://touchcare.exblog.jp/15506258/
 宮城、七ケ浜(5/5) http://touchcare.exblog.jp/15507095/

 ★

 瓦礫の風景は、1995年1月17日以降、3月末から4月頃までの期間、日常で見続けた光景でした。
 うちのお迎えや数件隣のお宅がそうであるように、ぺしゃんこに潰された瓦礫の家屋には、そこで亡くなられた方がおられたかもしれないという予想が当たり前のようにたちました。異臭とほこりがたつ被災地の風景は、私にとって見慣れた風景であり、そして、それが撤去されて更地となった後は、もう、二度とそれを見ないんだという漠然とした安心感と同時に、時の移りすぎを実感したものです。。。

 大槌町に到着したとき、目の前に広がる瓦礫の荒野に、一瞬、息をのみました。
 その途方もない果てしなさは、私が体験した阪神大震災のときの被害を、はるかに超えていました。

 誤解をおそれずに、表現するならば、そこは、言葉のない、時間のとまった空間に見えました。
 もしも、私が、そこを車で通りすぎただけながら、おそらく、その表現だけで、私の感想は終わってしまっていたでしょう。

 でも、避難所となった安渡小学校、大槌稲荷神社、そして、個人のお宅に、勇気をもって中に入れさせていただき、そして、お身体にふれてから、その無機的な空気は一切消え去り、そこに暮らす人々の、いのちのあたたかみと、たくましく、生き生きとしたエネルギーが伝わってきました。

 そこに生き、生活し、再建のために、日々活動されている人々がおられることを、忘れてはならないということが、深く、私の中に、刻まれました。
 
 瓦礫はいずれ撤去されるでしょう。避難所の人たちは、次に、仮設住宅へと移られます。そして、それからさらに数年・・・。恒久的な住居が確保されるまでに、あと数年はかかります。
 当事者にとって、これは本当に長い道のりですが、阪神大震災を経験したものとして、必ずいつか、トンネルの向こうへと抜ける日がやってくることということを、伝え、励まし、そして、支援していくことができればと、思いました。


 ★

 阪神大震災から1年後、私は、縁があって、須磨区鷹取駅付近にある、「下中島公園自治会」という、公園内でボランティアをしていました。
 下中島公園自治会について、残された記録はあまりありませんが、ちょっと、ググってみますと、下記の記録がみつかりました。私は、ここに1年半ほど、半住み込みのボランティアとしておりました。
 http://www.geocities.jp/sinsaikoe/theme73.htm

 ここでの思い出は本当に、多数ありますが、今は、この言葉が思い出されます。

 フランスのジャーナリストの女性が、ここを訪れたときに、書かれたエッセイのタイトルがこれでした。
「私は、下中島公園で、なにも見なかった」 これを読んだとき、このフランス人ジャーナリストの女性の複雑で、かつ、真摯な気持ちが伝わってきたものです。私はそのとき、下中島公園の半住人だったので、私たちの目からみて、1日だけ訪れたフランス人ジャーナリストの彼女は、たしかに「何も見ていない」ように感じました。

 ★

 この言葉は、フランスの女流作家、マルガリット・デュラスの(ルイ・マル監督作品映画)「ヒロシマ・私の恋人&二十四時間の情事」という映画の戯曲の中の、有名な言葉に由来します。

 それは、終戦後の広島に訪れた主人公のフランス人女性ジャーナリストが、一人の広島在住の日本人男性ジャーナリストと出会い、一夜をともにします。そして、彼に言われる言葉、それが・・・

「きみは、ヒロシマで、なにも見なかった」


ヒロシマについて話すこと、見ることの不可能性を表出した冒頭の台詞です。




激しく破壊された瓦礫の風景は、私たちから、言葉を奪い、そして、その無機的な風景に心を奪います。
「見る」ことの限界は、そこに立ちふさがり、私は、おそらく、そこをそのまま通過したならば、
「わたしは、大槌町で、なにも見なかった」存在で終わったでしょう。

しかし、一歩踏み入り、たとえ短い時間ではありますが、避難された方のお身体にふれさせていただき、そして、少なからぬお言葉を聞かせていただくことができました。

16年前の阪神大震災を経て、私のところに届いた
「ふれることを学びなさい」というメッセージ・・・・。

それが、このことだったのかと、、、と、今更ながら、目に見えぬ導きに驚かされます。

ふれることで、私の中、そこで暮らす人々の、いのちのあたたかみが伝わり、そして、今なお、そこで暮らしつづける人々への愛のようなものが、おしよせます。

私は、大槌町で、なにも見なかった。
しかし、ふれることができた・・・。


10年以上の歳月を経て、私が、知らず知らずの間に準備をしてきたことが、これであったとは・・・。
まさに、やりのこしたことを、やらせていただけたという、しみじみとした思いがおこり、この導きと、ふれさせてくださった避難所の皆様への感謝の気持ちがただ広がる思いです。


 今日で、東日本大震災から2か月目。
 復興までの、気の遠くなるような長いみちのりに、世界中からの愛と光が注がれますように。

 NPO法人タッチケア支援センターでは、今後も、岩手県大槌町、宮城県七ケ浜への支援活動を継続していくことを、現在検討中です。


写真は、大槌町、安渡小学校すぐ近くの、避難所「大槌稲荷神社」
ここにも、大勢の方が避難生活をされています。
すぐ近くのお寺も、避難所となっています。

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by reiko-koyago | 2011-05-11 11:26

花巻に還る / 被災地に還る

いま、私は、花巻にいます。

バイオフィードバックのエリック・ペパー先生のセミナーを主催されてる、アイプロジェクト統合医療研究所の竹林直紀先生をリーダーとする、ストレスケアの支援グループのメンバーの一人として、関西アロマセラピストフォーラムさんたちとご一緒に、「ハンドマッサージ」隊で参加しています。

実際の活動は、明日の、岩手県 沿岸部、大槌町からです。



偶然にも、今回のボランティア活動の拠点は、岩手県、花巻・・・。
ここは、私にとって、とても深いご縁の土地です。

1999年、日本で最初のエサレンボディワークの認定クラスが、ここ、花巻で開催されました。
私は、そのときの参加者のに一人です。
主宰は、花巻出身のエサレンボディワーカー、鎌田麻莉さん。
花巻は、日本にエサレンボディワークが広まった、その拠点となった土地なのです。

あれから12年・・・。

昨日の夜は、麻莉さんのお宅に泊めていただきました。
そして、交換セッションをしました。



大先輩の麻莉さんとの交換セッション。
もちろん、麻莉さんのエサレンボディワークは、すばらしいです。
そして、何よりも、しっかりと、グランディングしている。
私のからだは、麻莉さんを通じて、この花巻の、東北の地と、しっかりとつなげてもらえたように感じました。

エサレンボディワークは、大地への祝福のセレモニーである・・・と思うことがあるのですが、
まさに、それをしっかりと、体験しました。
エサレンを私に伝えてくれた麻莉さんを通して
エサレンと、そして、この東北の大地と、再びつながりました。
それは、明日から始まる本格的な被災地でのボランティア活動ともつながっていきます。

私は、あす、壊滅的な打撃をこうむった被災地のひとつ、大槌町に行きます。
不謹慎な言い方かもしれませんが、「被災地」という言葉の響きも、私にとって懐かしいものです。
それは、16年前に阪神大震災で私が過ごした、魂の故郷の名前だからかもしれません。
(だからといって、残念ながら、すすんで飛んでいきたい場所ではありませんが・・・)

花巻に還ること、そして、被災地に還ること。
エサレンボディワークという円環をめぐり、私は、何処かに還っていきます。

いま、花巻は、桜と、梅と、水仙と、チューリップと、タンポポと、こぶしの花が、同時多発的に開花しています。
これは、ちょっと、珍しいそうだけど、

地名も「花」巻ですから、さもありなん・・ですね^^。




あす、おとずれる大槌町は、井上ひさし氏の、「吉里吉里王国」のモデルとなった町だそうです。
そこは、鮭の遡上で、有名な土地でもあるそうです。。。

阪神大震災を超える大惨事であることは、十分に理解し、謹んで、かの地を訪れたいと思うのですが、どこかで、不思議な懐かしさを感じてしまうのは、なぜなのでしょうか・・・。

いえ、先入観はすてて、やはり、謹んで、かの地に触れさせていただきたいと思います。

明日の朝、花巻から片道2時間の移動で、大槌町につくそうです。
明日は、五時起きですね^^。




今後は。。。

3、4日と大槌町
4日の夜に仙台に移動
5日は「国際ヒーリング看護協会」の皆様に合流し多賀城市で活動の予定です。

仙台では、蓮の花の写真家、CHIKAさんと、アンマボランティアで知り合った仙台在住のアロマセラピストVARADAさんとも合流します。

旅は、紡がれていきます。
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by reiko-koyago | 2011-05-02 22:48

amana space &NPO法人タッチケア支援センター代表の中川れい子(旧:こやごれーこ)メッセージブログです。お問い合わせは mail@amanaspace.com 。 HP http://www.amanaspace.com/ http://touchcaresupport.com/
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