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8月2日 エリック・ぺパー先生のポリヴェーガル理論とトラウマケア講座

2016年夏に来日されます、
サンフランシスコ州立大学、健康教育学部教授、
ホリスティック医療研究所元所長
バイオフィードバックとストレスマネジメントで著名な
エリック・ぺパー先生を、アマナスペースにお招きしてのミニ講座のご案内です。


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"トラウマを癒す、セルフヒーリング(目に見える・見えないサポートとして)”
~ポリヴェーガル(多重迷走神経)理論を通じての解説と体験ワークショップ~
8月2日(火曜日) 午後1時~4時  通訳付き
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<講座の内容/クラスは、解説と体験的なワークで構成されます>

ポリヴェーガル理論(多重迷走理論)の理解をもとにして下記の体験ワークも盛り込みます。

①思考や情動、イメージがどのように身体に影響をおよぼすのか?
②簡単な運動が、筋肉の緊張をどのように軽減するのか?
③ストレスの軽減に、呼吸がどのように有効であるのか?
④姿勢を変えることで、ポジティブな、あるいはネガティブな記憶に、どのように関係するのか?
⑤受容することは、癒しの第一のステップ
⑥社会的サポートの重要性  
このコンセプトは、ストレスによって引き起こされ、増幅する、下記のような症状を軽減することに役立ちます。
(首や肩・背中の緊張、消化不良、不安症、不眠症、高血圧、ヴルヴォディニァ(女性の陰部の慢性的な痛み)等)

場所: アマナスペース(尼崎)
  兵庫県尼崎市 JR神戸線、立花駅 北徒歩7分
    地図 http://www.amanaspace.com/access.html
定員  :10名(最大15名/ 定員になり次第、締め切ります)
参加費 :1万円
通訳  :スー・リー
対象  :医療関係者・対人援助職・ボディワーカー、臨床心理士、セラピスト、その他
(キャンセリングポリシー:講座前日にキャンセルの場合は50%、当日の場合は100%のキャンセル料がつきますのでご注意ください)
お申込みはこちらのフォームが便利です。
https://ws.formzu.net/fgen/S46227974/
https://ws.formzu.net/mfgen/S46227974/(携帯用)
詳細は、お問合せください
amana space 中川玲子(タッチケア支援センター代表)
touchandhealing.121@gmail.com
0649679839



<ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)について>

ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)とは、近年、スティーブン・ポージェス博士が提唱した、自律神経系の働きに関する新しい学説です。自律神経における交感神経+副交感神経という従来の分類を、交感神経+腹側迷走神経+背側迷走神経と分類します。腹側迷走神経は、social engagement という社会的なつながりをあらわす、人類がもっとも新しく開発した神経だと言われています。また、危機に瀕したとき、通常、戦うか逃げるかの反応の交感神経が働きますが、一方では、あたかも心と身体が切り離されたかのように、「凍り付く」ような反応が起こることもよく起こります。この時、背側迷走神経が関係していると考えられています。

ポリヴェーガル理論を理解することで、トラウマや、ストレスが過剰に働いたときにおこる「凍り付き」のプロセスを理解することに役立つでしょう。
エリック・ペパー博士は、ポリヴェーガル理論の提唱者のスティーブン・ポージェス博士との交流を通じて、ポリヴェーガル理論を、よりシンプルなセルフケア指導として、いくつかのワークを交えて、わかりやすくお伝えくださるでしょう。

ポリヴェーガル理論については下記のサイトをご参考にしてください。
http://www.bodypsychotherapy.jp/articles_005.html
http://www.banyantree8.com/blog/images_mt/Polyvagaltheory1215.pdf

<エリック・ペパー博士のご紹介>

1968年 ハーバード大学(生物学)卒業後 ニューヨーク大学で心理学博士号取得。
マサチューセッツ工科大学及びスタンフォード大学付属研究所の心理研究員となる。
1976年よりサンフランシスコ州立大学 健康教育学部教授・ホリステック医療研究所長等を歴任し現在に至る。
米国バイオフィードバック学会 会長
欧州バイオフィードバック財団 理事長
2004年 カルフォルニア州知事賞(産業衛生功労賞)受賞
シリコンバレーのIT企業や欧州企業において、バイオフィードバックを利用したストレス管理方法のワークショップを長年行い、コンピューターユーザーの健康増進に貢献したことで、「カリフォルニア知事賞」を受賞される。



<2016年、夏、エリック・ペパー先生の講座のご案内>

★ストレスをプラスのエネルギーに変える★
レジリエンス(回復力)を高める新しいストレスマネジメント
詳細;http://www.i-hi-med.com/pdf/2016kyoto.pdf
7月28日(木)午後7時~9時
場所:京都キャンパスプラザ(JR京都駅北側すぐ)
   地図 http://www.consortium.or.jp/about-cp-kyoto/access
参加費:2000円 定員50名
(一般の方にもわかりやすい、入門講座です。企業のストレスマネジメントに関わられる方もぜひどうぞ)
主宰:統合医療研究所 アイプロジェクト
  http://www.i-hi-med.com/


★ストレスを見える化して、パワーを高める 連続講座4DAYS★
実際に、バイオフィードバックの機器をつかって、
米国の最新ストレスマネジメントの理論と実践を学びます。
7月30日&31日  8月6日&7日 (1日のみの参加も可)
場所:奈良学園大学
詳細 :http://www.i-hi-med.com/pdf/2016nara.pdf

主宰 統合医療研究所 アイプロジェクト
   http://www.i-hi-med.com/

★世界最新ストレスマネージメント One Day 集中ワークショップ★
8月3日(水) 10時~18時 
場所:神奈川県江の島アイランドスパ
参加費:21600円  
問い合わせ:一般社団法人 レジリエンス医学研究所
      info@stress-j.com  080-3867-4446(中川)



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by reiko-koyago | 2016-07-15 00:40

「実は明治憲法は、緊急事態規定の"宝庫”でした」

7月10日の参院選の争点は「改憲
参院で与党が3分の2議席獲得すれば、改憲の発議ができるということで、多くの方の関心が寄せられつつあります。
自民党の現在の『改憲』法案で最も問題視されているのは「緊急事態条項」(国家緊急権)の導入。ここは、要注目ですね。

昔の仕事から(予備校日本史講師)、この「緊急事態条項」という言葉を聞くと、どうしても明治憲法(大日本国憲法)の「緊急勅令」や「戒厳令」が連想されてしまいます。とはいえ、マスコミでは、明治憲法と今回の自民党の改憲案の比較はあまりされていないようですね。おそらく、戦前の「緊急勅令」は、名目上、天皇の勅令という形をとっていたので、戦後の今も、それを話題にするのは、タブー視されているのかもしれません。でも、歴史は正しく見ていきたいものです。

おそらく、特定秘密保護法や集団的自衛権(安保関連法案)以上に、危険すぎるのがこの「緊急事態条項」。 自民党は、震災等の非常時の際に、、、といいますが、憲法学者のほとんどが、震災時の対策は一般法制で十分。何も憲法に入れることではないと言います。なぜ、自民党は、わざわざ憲法にその条文を入れたいのか??この条文だけで、現行憲法の基本的人権も議会主義もすべてを骨抜きできるという伝家の宝刀であると同時に、それを実際に乱用して独裁に成功していた時代への回帰と復古主義、、、最近の政府の動向を見ていると、ますますそういう連想をしてしまいます。


さて、先週の『赤旗』に「明治憲法と自民改憲案」というタイトルで、一橋大学名誉教授 渡辺治さん(憲法学)へのインタビューの連載記事がありました。非常にわかりやすかったので、部分的に引用して、まとめてみました。『赤旗』とはいえ、ここに書かれている内容は大学入試問題にも出るぐらいの、一般的なものばかりで、渡辺教授、とてもわかりやすく解説されています。


******

明治憲法と自民改憲案  
  「緊急事態」条項 上中下
  一橋大学名誉教授  渡辺治さんに聞く


途中、、、略

<大震災を口実に>

3.11の東日本大震災などを口実にして、自民党と改憲勢力は「緊急事態」条項の導入をいってますが、現行憲法にこの規定が入らなかった理由を振り返る必要があります。

緊急事態規定の危険性は、ナチスドイツの台頭を手助けした例などで指摘されていますが、明治憲法下の日本ほど、緊急事態規定の乱用の危険性を示している国はありませんでした。

実は明治憲法は、緊急事態規定の"宝庫”でした。

(当時の)天皇制の政府は、戦時、大震災、非常時を口実に、この規定を乱発し議会を通さずに国民の自由を奪い、ついには日本を戦争への道に引きずり込んだのです。その反省から、日本国憲法はあえてこの規定を入れなかったのです。

明治憲法は、絶対君主制下にあったドイツのプロイセンや他のラント(州)の憲法をまねて作られたのですが、天皇制を守るために、そこにあった各種の緊急権をすべてとりいれた結果、二重三重の緊急権をもった特異な憲法になりました。

数えてみると、少なくとも明治・大正で70件、昭和には10件、国家緊急権条項が発動されています。


<乱用された8条>

明治憲法には、4つの緊急事態規定がありました。
もっとも乱用されたのが、第八条の「緊急勅令」です。
(注;天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス(第八条))

これは「公共の安全を保持し、またはその災厄を避くるため、緊急の必要により、帝国議会閉会の場合において、法律に代えるべき勅令を発す」というもので、これを使えば、天皇制政府は「公共の安全」のために緊急に必要だと判断したら、議会を通さずに、人民の自由を制限する命令を出すことができました。

同様に、第70条は、緊急時には政府が議会にはからずに「財政上必要な処分」ができる、つまり、財政出動したり税金をかけたりできるという規定です。財政を議会にはかることは近代市民革命の一番の原則ですが、それを天皇の命令で破れるというとんでもない規定です。
(注:公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得)

第14条は「戒厳大権」です。これは、戦時、非常時のとき、軍の統帥権をもつ天皇が「戒厳を宣告」して軍事独裁を敷くこごあできる規定です。軍事独裁の下であらゆる市民の自由は禁圧されます。
(注: 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス)

第31条は「非常大権」で、政府が危機に陥ったときには、天皇が憲法を停止できるというものです。
(本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ)



<独裁への武器に>

簡単に言うと、8条・70条は政府の独裁を、14条は軍部の独裁を、31条は天皇の独裁を認めるもので、これら規定は議会の攻撃から政府を守る、何重もの防壁となっただけでなく、独裁政治をつくる便利な武器となったのです。

とくに、政府が緊急事態と認定したら議会にはからず、政府の命令で人民の自由を弾圧し人権を抑圧できるという8条の緊急勅令は、政府には使い勝手がいいことから、国家緊急権の核心になりました。

問題は、現在の自民党改憲草案の緊急事態の規定の中には、緊急事態の宣言を発したら政府は「法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」「財政上必要な支出その他の処分を」行えるという形で、明治憲法の8条と70条が盛り込まれているということです。
自民党は、戦前の明治憲法でどこが重要なのかを承知しているのです。

<実際にどんなときに、緊急勅令が使われたのか?>

青年将校によるクーデター事件である2.26事件(1936年)は、その後の軍部独裁のてこになりましたが、この時、政府は、8条を使い戒厳令を発動して、東京を軍事独裁下に置き、一切の言論・政治活動を禁圧しました。

大災害を口実にして人民への弾圧をおこなった例は、1923年9月1日の関東大震災です。
「3.11のような大震災には緊急事態規定がないとたいへんだ」という自民党や改憲派の言い分がいかに嘘であるかが経過からよくわかります。

関東大震災の翌2日、8条により東京地裁に戒厳令が発動され戒厳司令官のもとで、軍事独裁が敷かれました。
戒厳令の下、命令で治安維持令が出され、「暴動」が起きるかもしれないという口実で大勢の朝鮮人が虐殺されました。
.....16日には、大杉栄と伊藤野枝も虐殺されました。軍事独裁下だからこそできた虐殺でした。

(注意 治安維持令 1923年9月7日に緊急勅令(大正12年勅令第403条)にて公布された治安維持のための法令。正式名称は「治安維持ノ為ニスル罰則ニ関スル件」。関東大震災下の混乱を収めることを名目に震災発生の6日後に緊急勅令で公布、即日施行され、次の第47議会で承認された。「出版通信其ノ他何等ノ方法ヲ以テスルヲ問ハス暴行騒擾其ノ他生命身体若ハ財産ニ危害ヲ及ホスヘキ犯罪ヲ煽動シ安寧秩序ヲ紊乱スル目的ヲ以テ治安ヲ害スル事項ヲ流布シ又ハ人心ヲ惑乱スル目的ヲ以テ流言浮説ヲナシタル者ハ十年以下ノ懲役若ハ禁錮又ハ三千円以下ノ罰金ニ処ス」とし、表面上は震災後に発生した諸事件に対する対応を目的としていたが、実際にはこれに乗じて社会主義者を弾圧することを意図しており、後の治安維持法の先駆となった。1925年4月22日の治安維持法公布とともに廃止された。なお、この間の1年半余りで20件の適用があった)

<議会が反対しても>

また緊急勅令は、政府が議会や国民の反対する悪法を通すためにも使われました。
1928年の治安維持法改悪(注 治安維持法は1925年に制定)がそれです。

治安維持法(1925年制定)は「国体の変革」、つまり戦前の絶対的天皇制の民主的な改革などをめざす結社をつくったり加入したりすること自体を重罰に処す、つまりは共産党に入るだけで処罰する悪法でした。政府は1928年の3.15事件で日本共産党に対してこの法を発動しましたが、その直後に、より弾圧を強化するために大改悪に乗り出したのです。

この改悪は、共産党の幹部に対し最高刑を死刑にしたこと、また党員でなくてもその「目的遂行のためにする行為」を行った人の懲役にするとして、労働組合や民主団体に弾圧の手を広げるものでした。

ところが、この改悪案(最高刑を死刑)は、当時の帝国議会でも反対が多く、議会でも否決されました。しかし政府は議会が閉会したとたん、緊急勅令で改悪を強行したのです。8条がいかに乱用されるかの典型です。

後略


(注:治安維持法 1925年、普通選挙法の制定(納税額による選挙権の制限がない)と同じ年に、「アメとムチ」として政府の法令として出された思想弾圧法令。「国体(皇室)や私有財産制を否定する運動を取り締まることを目的として制定された。当初は、世界的に激化した共産主義運動の激化を懸念して制定されたが、やがて宗教団体や右翼活動、自由主義等、政府批判はすべて弾圧・粛清の対象となった。(「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」)

1928年。治安維持法改悪 緊急勅令により、議会の承認を経ずに「最高刑は死刑に」(田中儀一内閣)
1941年。予防拘禁制に改悪 刑期が終了しても思想を変えない場合は再犯の恐れがあるということで引き続き拘禁された。
1945年 10月、治安維持法廃止 





まぁ、これ以外の部分でも、ほんと、滅茶苦茶な憲法だったのですが。。。
明治憲法を読むたびに、現行の「日本国憲法」の美しさを実感しますね。
これを、みっともない憲法だって唱えているのが、今の総理大臣。。。
前の憲法のほうが、良かったって本気で考えてるのかもしれません。
ふるえてしまいます。。。




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by reiko-koyago | 2016-07-05 16:36

amana space &NPO法人タッチケア支援センター代表の中川れい子(旧:こやごれーこ)メッセージブログです。お問い合わせは mail@amanaspace.com 。 HP http://www.amanaspace.com/ http://touchcaresupport.com/
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