レイライン通信 ~ 光の循環 / amana space からのメッセージ~ ~      

源泉の光へ① 伊勢リトリート/ アマテラスとフーマンに導かれ

被災地岩手から戻ってから、7月2日から4日まで、伊勢内宮宇治橋近くの青少年研修センターで、瞑想リトリートに参加していました。2泊3日のサイレンスリトリートです。一週間のうちに、被災地と伊勢とが同時に起こることに、我ながら自分自身の生き方に、おかしみがおこります。偶然とはいえ、不思議なめぐり合わせです。でも、それが私の人生なのでしょう。
到着した夜に、五十鈴川での禊、翌日早朝には、伊勢内宮での正式参拝(御垣内参拝みかきうちさんぱい)をさせていただきました。

五十鈴川では、古き女神の、瀬織津姫様の清流に抱かれ、心身の汚れを洗い清め、早朝の伊勢内宮では、美しく晴れきった清らかな太陽の元、御垣内の聖地に入らせていただき、その純粋な光に包まれ、大宇宙の女神、天照大神様のもと、この世の平安を祈りました。


私達を、ここ伊勢の地へと導いたのは、2005年にこの地上を旅立った、フーマン・エマミという名のマスターの御霊です。フーマンの秘書であるダニエラが、フーマンの旅立ち以降、はじめて、フーマンの遺骨を胸に日本を訪れ、その地をフーマンゆかりの伊勢としました。

私は、2002年の9月、このフーマンのもとで、7日間のサイレンスリトリートを体験しています。
この時の体験は、同年2月の、アジズのもとでの14日間のサイレンスリトリートと同様、私にとって非常に重要な体験です。


私は誰かのハートの純粋性を知る時、恩寵がただちに降りてくる。   by フーマン・エマミ


”私は誰なのか?”

このことを知ろうとする心は、魂の純粋性に促されます。
私達は、日頃、この魂の純粋さそのものを、忘れてしまいがちで、
だから、自分が何者であるか?という問いかけすら、遠く感じます。


私がそのことを、自分に問いかけたのは、2001年の5月。
初めて、アジズと出会ったときの、彼のサットサンガの中でした。
突然、彼の、この言葉が、私のハートに届き、涙が止まりませんでした。

" Who are you ? "


アジズのこの問いかけが、私のハートの扉をたたきました。
私はそのことを知らない自分を知りました。
この孤独、不完全感、存在の悲しみ。。。
喉の奥から、嗚咽が起こり、ただ、号泣しました。
私のハートは、涙で洗い流され、その時、ほんの一瞬、やわらかくなったようです。
そこに、恩寵の光が射し込みました。

恩寵とは、ある時、思いがけないとき、思いがけない言葉で、おとずれるもののようです。
それは、ハートの扉を通り、おとずれるのだということも、その時、体験しました。

私が本当のところ、何者であるかを、探求したいという欲求は、数日後に開催される、アジズの瑞岳院という山の上の禅寺でのリトリートへと誘いました。
私は、何者であるのか?
それは、私が日本人であったり、誰の娘であるとか、どこの学校を出たとか、あるいは、誰の妻であったり、どういう仕事や立場であったりとか、そういうものを超えたもっともっと根源的なところにあるものです。それは、もはや、名前もなく、形もありません。
私達の魂が、どこからやってきて、そして、どこへ行くのか?に似ています。
いえ、それよりも、もっと、「今」に根付くものです。




2001年の5月
アジズのサットサンガでの、who are you ? の問いかけに号泣し、そして、その後、アジズの瑞岳院でのリトリートに参加し、そこで、大いなる恩寵の体験を得るまでの、その間に・・・。

私は、小学校の時の修学旅行以来、はじめて、伊勢に訪れています。
なんの気もなく、ただ、年老いた両親が、伊勢に行きたいというので、それに同行しただけでしたが、

20年ぶりに伊勢内宮の宇治橋の前に立った時の、あの、奮い立つような感動と懐かしさは、忘れられません。その旅では、外宮・猿田彦・内宮・月読宮・大和姫…とめぐり、そして、最後には、奇跡のような導きのもとで、志摩の伊雑宮へと、たどり着きました。

その伊勢の旅から数日後、私は、山梨県の山の中の禅寺、瑞岳院へと向かいました。
アジズのリトリートに参加するためです。
はじめての瞑想。はじめてのサイレンスリトリート。
一切、周囲とコンタクトをとらず、自分の中にいること。おしゃべりもアイコンタクトも不要です。
そのことは、私に大いなる安らぎを与えてくれました。
それは、”私 I am ” へと向かう扉が開かれたことを意味します。
そこにくつろぎ、そこに安らぎを得ます。
瑞岳院の山の空気はすがすがしく、とても、気のエネルギーの高いところでした。
最初の3日間は、マインドが灰汁のように浮上しますが、3日もすぎると、マインドのほうが飽きてきたようで、退散しはじめます。 ただ、そこに在る、くつろぐことに、心地よさが、徐々に私をつつみます。
瞑想と、気功とボディワークを通じて、私は心身の統合の感覚を味わえるようになりました。
そして、その後に、ある奇跡が私に起こりました。
あれは、恩寵だったのでしょう。。。
あるいは、文字通り、”光”だと言ってもいいでしょう。
(でも、悟りとか光明とかではありません。私はこういう伝統的な言葉はちょっと苦手なんですよね。ただ、文字通りの”光”そのものでした。それなりに伝統的な文献をあたってみると、なんらかの説明はつくようなのですが。。。でも、もういいんです^^。とらわれることから卒業しようと思います。)

私は私であり、そして、私を超えたもの。
全一性(wholenes)
そして、何かに溶けつつある感覚と同時に、すべてはつながっているという感覚・・・。
身体だけでなく、意識もそうでした。
私は、その時、私が何者であるのかを、体験として味わいました。
それは、”言葉”では、名づけれないものです。



それを名づけれないということを、あの時、知っていれば、よかったのですが、
残念ながら、私のマインドは、その大いなる体験を、なんとか説明したい、名づけたいというエゴにからわれました。
名づけれないものを、名づけようとすることは、根本的に間違っています。
その名づけようとするマインドの力が、あっというまに、私を日常の、普段とかわらぬ私へと戻しました。
(でも、それでよかったのだと思います。そうでなければ、私は精神が破たんし、病院送りとなってたでしょう。沈黙は私を守ってくれました。)

あれは、偶然与えられたものだったようです。
そう、私は、悟ってなどいません。
ただ、あのとき、光が通過しただけです。

不安・怖れ・恐怖・懐疑・・・。
その人間らしい生業から、私は自由にはなりませんでした。
ただ、この世には、そういうことがあるらしいという実感は、大きな心の支えになりました。
そして、あのようなことが、二度とおこらないことも、なんとなくわかります。
少なくとも、肉体をもつ間は。

ただ、その後、還るところがあることを、知りました。
それを知り得たことも、あの体験があったからこそでしょう。。。。

あれが2001年の5月。
おもいおこせば、ちょうど10年目なんですね、今年は・・・・。

blessing for my soul ....





でも、あの時の私は、その体験にとらわれて、さらにそれを深めたいと願い、
あれから、なんどもリトリートに参加していきました。
(もしかすると、もう一度起こるかもしれないという淡い期待を胸に・・・)

もちろん、二度とおこりませんでしたが、それは、それで、素晴らしい体験でした。
その後のリトリートは、主に浄化であり、カルマの解消が主な理由だったと思います。

とくに2002月2月のインド、ミスティックビレッジでのアジズの指導のもとに過ごした2週間のサイレンスリトリートは、本当に、しあわせな体験でした。あの平安。あの、喜び。。。あの美しさ・・・。
私が人生で、もっとも幸せだったと感じれる、最高の時間の記憶がそこにあります。


おっと、アジズのことだけで、話がいっぱいになりました・・。

少し長くなったので、続きまた次回に。

次は、表題にあるように、フーマンエマミのことを、語りたいと思います。



謹んで、源泉の光に、ひれふして・・・。
[PR]



# by reiko-koyago | 2011-07-07 12:08

6月27日から29日まで再び被災地に行ってきました。

 被災地でのタッチケア支援活動第二段です。
 今回も、前回同様、「ゆいっこ花巻」さんにお世話になりました。
 花巻と大槌町の避難所でのハンドマッサージとタッチケア施術支援に加え、今回は、仮設住宅の問題点について、ゆいっこさんのメンバーと語り合いました。

 詳しくは、こちらのタッチケア支援センター公式ブログをご覧ください。
 http://touchcare.exblog.jp/15867748/

 
 ★

 支援に行きながら、毎回、東北の自然と共に暮らす人々の力強さに、逆に心打たれます。
 それだけに、皆様の故郷が、一日もはやく復興してもらいと願います。

 瓦礫もまだ撤去されておらず、夏の暑さで腐臭とハエの発生が激しい被災地の風景でした。
 震災からまだ3か月余り・・・。
 まだまだ先が見えない苛立ちが募ります。
 しかし、あきらめずに、希望をもって、すすんでいきたいと思います。

 ゆいっこ花巻さんは、本当に、きめ細やかな支援をなさってる団体です。
 皆さん、ぜひ、応援してください。
 http://yuicco.com/


 
 
 
[PR]



# by reiko-koyago | 2011-07-01 23:34

7/9 アンマ・ナチュラル・フェア2011(芦屋市民センター)のお知らせ

2011年7月26、7日のアンマ大阪来日プログラムに先立ち、アンマ来日支援と、ボランティア同士の交流と癒しのために、今年も、チャリティ・イベントを催すこととなりました。私は、今回はタロットカード・リーディングで参加します。15分500円のミニ・セッションで、売上はすべてアンマの活動・来日支援に寄付させていただきます。

当日、お手伝いくださる方、出店してくださる方も、大募集中です。
アンマのボランティアにご興味のある方、アンマのことをもっと知りたい方も、ぜひ、ご参加ください。


” アンマ・ ナチュラル・フェア 2011 ”


日時 :  7月9日 11時~午後4時まで

       *ボランティア集合午前9時30分  解散午後5時を予定しております。

場所 :   兵庫県芦屋市民センター 多目的ホール (JR.阪神芦屋駅、阪急芦屋川駅から徒歩5分)
        http://www.city.ashiya.lg.jp/kouminkan/shimin_center.html

入場料 :  無料

出展ブース  :  アンマ紹介ブース、書籍販売、カフェコーナー、昼食の販売、物販等です。
            ヒーリング、占い(タロット、占星術など)などの癒しのブース。
            (他のイベントも企画中です)
            *ヒーリングブースのみ、チケット制です。1枚500円で受付にて販売します。

お問い合わせ先  :  内山 真月    shingetsu345@bca.bai.ne.jp


当日ボランティアでの参加は、直接会場へお願いします。
多くの方に来てもらうためにも、呼びかけをよろしくお願いします!

2011年度の、アンマ来日ツアーの詳細は、こちらのサイトをご覧ください。
http://www.amma-rainichi.org/

世界中に生きとし生きるすべての存在が平安でありますように。
[PR]



# by reiko-koyago | 2011-06-23 12:19

6月11日、船出式&“ガイア7番上映会”

a0020162_131573.jpg
 6月11日の土曜日、おかげをもちまして、NPO法人タッチケア支援センター設立記念イベント、『地球交響曲7番』上映会&龍村仁監督のトーク会、無事に終了いたしました。
 小雨の中、261名の皆様にお足を運んでいただきました。
 お手伝いくださいました皆様、本当に、ありがとうございました。
 タッチケア支援センター公式ブログにも記載しましたのでご覧ください。
 http://touchcare.exblog.jp/15754814/

 場所は、兵庫県芦屋市民センター、ルナホール。。。
 ここでは、何度か、どーんと光が下りてくるような体験がありました。
 やるなら、ここ!って決めてたら、なんと、6月11日しかあいていない・・・
 今年の1月の頃でした。
 まぁ、それなら、6月11日にすればいいとシンプルに思っていたら、あの東日本大震災が3月11日に・・・。私達の設立イベント、『地球交響曲7番』の上映会は、なんと、震災からちょうど3か月目。。。

 それなら、いっそ、龍村仁監督をおよびしよう!と思い立ったのは、震災直後の龍村仁監督のメッセージを読んだときにびびって来たから。
 鑑賞費用には監督のご講演費用は入ってないので、超厳しかったのですが。。。えい!って思って、お呼びしました。


 NPOの設立、被災地訪問、ガイドブックの作成と、神戸新聞に掲載してからは日々電話の応酬で・・・この3か月は、人生でもっとも忙しい時期でした。
 そんな中での、念願のガイア上映会。
 頭ぐるぐるのまま突入してしまい、なんで、私は設立イベントにガイアシンフォニーを上映するのか?その理由が自分の中でよくわからなくなっていた日々でしたが、昨日、心を鎮めて追悼の祈りから始め、実際にガイア7番に触れ、そして、龍村仁監督のお話しを聴く中、ああ、そうか、だから、ガイアだったんだ。。。と、あらためて、実感しました。

 直観を信じ、そして、身体感覚を精一杯研ぎ澄ませて、人間としての可能性を極限まで追求することで、人間と自然がつながりあう・・・。そして、今を、生きる。。。

 このガイアのメッセージと、タッチケア支援センターのメッセージは、どこか通じあい、11日のガイア7番のメッセージと、龍村仁監督のお話しを思い出すことで、あらためて、タッチケア支援センターの原点を想起することができるのだなぁと思いました。

 
 原点はここにあり!

 まさに、設立に相応しい船出となりました。

 あらためて、御集りくださいました皆様、そして、お手伝いくださいました皆様に、心より御礼申し上げます。

 そして、龍村仁監督、パワフルなメッセージを、本当に、ありがとうございました!
(いろんな話題に花が咲きましたが、最後に、ちらっとお話しされた、野口三千三さん(野口体操の)のお話し・・・時間ぎれでタイムアウトとなりましたが、ああ、続きが聞きたい。。。次は「身体性」にフォーカスして、TO BE CONTINUE...でございます^^。監督の生まれ育たれた故郷、宝塚の甲山の話題も、要チェックですね^^。また、お里帰りしていただきたいと思います~♪ )


PS 初お披露目の、『こころにやさしいタッチケア』も大好評! 100冊近くご寄付500円でご購入いただけて、当日持参していた冊数を完売させていただきました。ご協力、心よりお礼申し上げます。
(ご希望の方は、ご連絡いただけましたら、お送りしますね! )


写真は、懇親会での集合写真です。
(南知多半島のホリスティックファームの皆様のお料理で過ごさせていただきました。
http://holistic-farm.com/
 
[PR]



# by reiko-koyago | 2011-06-14 01:00

今年のアンマ(西日本)は、7/26.27 大阪梅田スカイビルです。

2011年、アンマ来日プログラム日程が決まりました。
西日本は、これまでの神戸ではなく、初めての”大阪”です。
詳しくは、こちらをご覧ください。
http://www.amma-rainichi.org/


アンマ来日、西日本プログラム

日程 : 7/26(火) 27(水)
会場 : 梅田スカイビル ステラホール

      (大阪府大阪市北区大淀中1-1 梅田スカイビル タワーウエスト3F)
      http://www.skybldg.co.jp/access/train.html



現在、お手伝いしてくださるボランティアの方を大募集中です。
(キッチン、お花、販売、場内整理など)
詳しくは、こちらをご覧ください。
http://www.amma-rainichi.org/supporter/index.html



あと1か月少々。
皆さん、お友達にぜひお知らせくださいね!


ー 世界中の生きとし生きるすべての存在が平安でありますように -

[PR]



# by reiko-koyago | 2011-06-06 09:28

『世界を癒したい』と願ったあの時を、思い出しながら。

 このレイライン通信で、震災から10日あまりがすぎた3月22日。「だからスキンシップは有効です!」というタイトルでふれることの効果を、私の使用するテキストを使ってをお伝えしました。すると、意外と皆様から反響をいただいたので、もしかすると、そういうガイドブックが必要なのか?と思い立ち、ならば、それをつくって、被災地に配ろうじゃないか!と、天からのメッセージのように思えてならず、即、行動をおこし、4月に入ってから原稿を書き上げたり、いろんな方々から集めたり。。。5月になってからはその編集作業と・・・。そして、32ページの小冊子が、もうすぐ3000部印刷され、私のところに届きます。

 全部作業が終わって、ほっとした昨日の朝刊で、もう、この話題が朝日新聞に取り上げられました。
 朝日新聞、阪神版の記事は、こちらです。
  target="_blank">http://www.touchcaresupport.com/pdf/img015.pdf
(一番左が、関西アロマセラピストフォーラム副理事で共に編著者となってくださった宮里文子さん。真ん中はタッチケア支援センター理事の楊志友さん。一番右の二重あごの横顔が私です)

 公式ブログに、その他詳細、表紙デザインの写真を掲載しています。
 http://touchcare.exblog.jp/15688842/

(この記事では、5月に被災地に行ってから、ブログでよびかけて、冊子を作ろうということになったとありますが、そうではなく3月です。それと、2000冊全部を岩手県にとありますが、岩手・宮城・福島など被災地全域を予定しております。ま、これぐらいのことはご愛嬌ですね^^。)

 

 マスコミにとりあげてもらいたいつもりでで作ったわけではありませんが、これから、どんどん広めて、この冊子を手渡していきたいので、こうやって少しでも話題になるのは、ありがたいことです。
 すでに、福島県いわき市の看護師さんから、100冊のご依頼を受けています。皆さんも、心あたりのある方や機関をご紹介ください。(子育て支援、保健医療、心のケア関連の機関、あるいは、お母さんたち等・・・) とにかく、大勢の方に届けたいと切に願っております。

(そのためには寄付金集めもしないといけません。被災地外の方には1冊500円のご寄付でご購入願っています。皆さん、ぜひご協力ください。6月11日の、ガイアシンフォニーの上映会の時に現物があります。参加されない方は、メールでご連絡ください。 info@touchcaresupport.com)

 ★

 一人でふれていくのは、限りがあります。
 でも、こうやって、何千もの冊子をお届けすることで、御一人御一人が、すべての人に備わった「ふれる」という癒しの力を思い出し、身近な方をケアしていただけたら、こんなに嬉しいことはありません。

 16年前、阪神淡路大震災を経験し、そのまま、避難所、テント村、仮設住宅でボランティアをしていました。
 タイムカプセルがあって、もしも、あの時に戻れるのなら、そこで出会った人達の背中や肩をさすってあげたいと何度思ったことでしょう。
 震災から2年半がすぎ、ふれることを学びなさいという声が聴こえたとき、その声に従いずっと進んできました。いろんなボディワーク、ヒーリング、セラピーを学びながら、自宅で開業し、大勢のクライアントさんと出会っていきました。誰もが陥る罠なのかもしれませんが、途中で、もしかして、自分はヒーラーなのではないか、特別な力があるのではないか?と勘違いしたこともありました。でも、ちょっと冷静になれば、そうではないこともすぐに理解できます。(ふれていると、自分がすごいのでは?って思ってしまうのは、ふれることで、自分自身が癒されてきた証拠なんだと思います。ありがたいことですね)

 最近、自分がエサレン®ボディワーカーであること以上に、阪神大震災の被災者であり、被災地ボランティアであったことのほうに、強いアイデンティティを感じるのですが、1997年の夏の終わりに、私が無意識に決意したことは、すごいヒーラーになりたい、ボディワーカーになりたい、ではなかったことを思い出しました。

 私は、とにかく、この世界で、目の前で苦しんでいる人達、孤独にさいなまれてる人達が少しでも楽になればいいと願ったのでした。なんと、だいそれたことを思ったのだろう?と今振り返ると思いますが、でも、あの時は、誰もが、あたりまえに、そういう気持ちになっていたのではないかと思い返されます。
 それは、別に、私が直接に、その方を癒し、ふれることとは関係なく、できることなら、その方のすぐそばにいる方に、その方が支えられ、癒され、励まされていけばいいと願ったのでした。そうすれば、大勢の方が、癒されるからです。
 いま、東北被災地にも、当時の私たちのように、少しでもみんなが楽になればいい、癒されればいいと願っている方が、大勢おられると思います。この冊子を手にして、そんな気持ちに背中が押され、そして、ご自身の中の癒しの力に目覚め、そして、そういう、その御一人御一人のやさしい気持ちがつながっていけば、それこそ、世界を癒す力へと育っていくのではないか?と、夢見ます。

 たぶん、一番、伝えたかったことは、
 この冊子の1頁の、このメッセージの最初の三行の言葉なんだと思います。
 これだけでも、読んでもらえたら、幸せです。

 16年前にも、さまよった阪神間の孤独な犠牲者の方への追悼の意味でも、この冊子を多くの東北の被災者の方に届けたいと思います。

a0020162_17384289.jpg

 

 

 


 
[PR]



# by reiko-koyago | 2011-06-04 17:45

”こころにやさしいタッチケア” あと数日で出来上がります!

 ゴールデンウイークの被災地でのボランティア活動が終わってから、ずっと、校正にかかりきりです。
 デザイナーのかなもりゆうこさんには、いろんな無理を聞いていただいております。
 なにせ、こんな短期間で、30ページ以上の冊子を作るのですから。。。

 思えば、この1-2か月。
 まるで、文章を書くのが自分の仕事のようでありました。
しかも、不特定多数に向かって書くのですから、本当に大変です。
 まったく、偏りのない内容かというと、パーフェクトではありません。
 誰が読んでもわかるように、でも、こちらの思いも伝えたい・・・。
 そのせめぎ合いの中で、作成が進みました。

 まだまだ不完全な点は多いですが、まずは、このあたりでタイムアウト。
 あとは、今後の自由闊達な議論の可能性に、ゆだねましょう。

 ご一緒に作成協力してくださっています、NPO法人関西アロマセラピスト・フォーラム副理事の宮里文子さんのご尽力で、さっそく、新聞社さんが、取材にきてくださりました。

 詳しくは、NPO法人タッチケア支援センター公式ブログをご覧ください。
 http://touchcare.exblog.jp/15630520/

 宮里さんも、阪神大震災で被災され、その後、避難所、仮設住宅をご体験されました。被災された方のお気持ちが、痛いほどわかられる方で、私は半壊家屋での自宅避難者でしたが、避難所・仮設とボランティアでかかわっていたので、宮里さんの温かい気持ちが、非常によく伝わってまいります。
 もともと、この法人を立ち上げるときにも、いろんなアドバイスをいただいてきたのですが、震災以降、一気に絆が深まりました。ゴールデンウイークもご一緒に被災地へ。

 そして、宮里さんとご一緒に、完成したガイドブックを、前回訪れた岩手県の大槌町に、再び訪れ、実際に手渡せれたらと、今、ささやかな夢を胸に抱いております。

以下、「こころにやさしいタッチケア」目次です。

こころにやさしいタッチケア
~ストレスの緩和と、PTSD予防のための、タッチケア&スキンシップ・ガイド~

1、メッセージ
2、はじめに
4、タッチケアの効能
6、さぁ、ふれてみましょう。
    ~こころにやさしいタッチケア 基本実技~
12,   マッサージの生理的効果と禁忌事項
14,   親子でできる、簡単「手遊び歌」タッチケア
    きゅうりの歌(キッズ編)
    大きな栗の木の下で(ベビー編)
18, ベビーのための、オイルマッサージ
    「ぎゅ~と抱きしめて、優しい思いを伝えましょう!」
22 支援者や家族以外の他人がタッチケアをおこなう場合、特に気をつけたい注意事項
24 こころにやさしく、心地よいタッチケア
    ~おすすめしたい10のことがら~
28 皮膚と脳、そして、こころ
30 あとがき
32   こころにやさしいタッチケア製作にかかわってくださった皆様
33   お問い合わせ先 / NPO法人タッチケア支援センター


 
[PR]



# by reiko-koyago | 2011-05-27 00:07

dragon's days (2011年版)

金曜日に認証がおりたので、週末は法務局に申請するための書類を作成していました。それ以外に、6月11日の「地球交響曲7番」の上映会のお知らせDMの作成や、現在作成中の「こころにやさしいタッチケアガイド」の校正など、仕事はいっぱい。。。明日は午前中は尼崎の法務局へ登記へ(さて一回でパスするかどうか^^)、午後は被災地で無料配布する予定の「こころにやさしいタッチケア」の件でさっそく朝日新聞社から取材が。。。ありがたいことですが、いやはや、ほんと、忙しい。。。

とにかく、現実に生きる日々が続きますが、ブレイクも必要。
いま、明日提出する登記用の書類も書き上げてふうぅっと深呼吸・・・。
すると、何を思ってか、最近はまったく使っていない、過去のmixiの日記をぺらぺら見はじめてしまい、そして、こんな詩がでてきました。5年ほど前に書いた日記です。

夜の大阪の地下鉄を、i-pod の音量を少し大きくしてロックを聞きながら乗っていたとき。
古い古い友人(魂)の声が語りかけてきた言葉を、帰宅後、急いで、書き記したのものです。

あまりの現実の忙しさの中で、魂を見失わないために、
もう一度、このrayline 通信でも、書き記しておこうと思いました。

私は、どこからやってきて、
そして、どこへ行くのか・・・。

ふたたびおとずれた
(あるいは、あのころからずっと続いていた)
2011年の、” dragon's days ”のために。
古い、魂の友人からのメッセージです。


(こういう詩は独身のときじゃないと書けないね^^。うまいこと明日から旦那は出張です~)






覚えていてほしい。
<生きる次元>というものが
確かに、在る。

それは、天でも、地でもなく、
3次元でも
4次元でも
5次元でも
6次元でもない。

形にも、言葉にもすることができない。

それは、
次元間をすりぬけ、
惑星間をかけめぐり
星雲間を光速で抜けていく。

とどまることはなく
一瞬の内に凝縮し、
砕け散り
気づき
目覚め
そして、
何事もなかったのように
過ぎ去っていく・・・

あなたたちは

それを、
魔術
閃き
恩寵
奇跡
至福
歓喜
あるいは
革命
悲劇
苦悩
恐怖
などと、よぶかもしれない。


しかし、
それは、言葉では決して定義できない。



天と地をかけめぐり
多次元間をいく。
もちろん、
善悪も超えていく。


先人は
それを

<龍>
と、よんだこともあるかもしれない。

あるいは

<光>

(あるいは、音楽と、低くつぶやく声・・・)


いずれにしても、それは一瞬一瞬
刻々と変化しながら、
過ぎさり、
意味も形も受け入れず
光速で駆け巡り
空中に消える。



たとえていえば、
宇宙空間を疾走する
<彗星>のよう・・・



何光年も行き交い
果てしない
終わりなく駆け巡る

永遠の旅人であり
<愛情>


だから、いとしい人よ
聞いてほしい

集中せよ。
何も信じるな。
それが、極限を生きるということだ。

そして、
龍の尻尾を見かけたら、
かならず、せいいっぱい、手を伸ばせ。


あなたがたは、一瞬一瞬で完璧だ



[PR]



# by reiko-koyago | 2011-05-22 15:45

本日、兵庫県庁でNPO法人として正式に認可されました。

 「ここまでくるのに、みなさん、いろいろと努力されたでしょう」と言われながら、局長さんに手渡された、兵庫県知事の印の入った正式な定款。

 構想10年、実行5年、実労9か月って感じかしらん^^。

 まぁ、楽じゃないですが、この作業をへる間に、鍛えられた感があります。
 この先も、こまごまと、面倒な書類作成とのご縁が続きますが、なんとか乗り切っていけそうです。
 今までの、人生であまりやってこなかったので、こういうのって、新鮮なんでしょうね^^。

 NPO法人タッチケア支援センターの、公式ブログにも、アップしましたのでご覧ください。
 http://touchcare.exblog.jp/15581859/

 青いきれいな新しいリーフレットもできたので、「地球交響曲7番」のチラシと一緒に、DM作成中。
 もうすぐ、お届けしますね。
 週明けには、法務局にいって、法人登記です。
 まだまだ、修行は続きます^^。

 6月11日、芦屋市民センターでの、「地球交響曲7番」の上映会が、船出式となります。
 みなさん、ぜひ、いらしてくださいね!
 
 こちら、東日本大震災チャリティ上映会となります。
 龍村仁監督も、いらっしゃいます。
 
 詳細、こちらです。
 http://touchcaresupport.com/screen_guide.html


  
[PR]



# by reiko-koyago | 2011-05-20 16:52

「見る」のではなく 「ふれる」ということ。

東北被災地での活動を終え、5月6日夕方に仙台駅を出発。2つの新幹線を乗り継ぎ、夜遅くに関西の自宅に戻りました。くたくたながらも、自宅があり、自分の寝室があることが、いかに恵まれているのかを実感しました。今なお、被災地の避難所暮らしを続けておられる方が、あれほど大勢おられるということを思わずにいられません。

 昨日、NPO法人タッチケア支援センターの公式ブログを立ち上げました。
 http://touchcare.exblog.jp/
 今後の活動報告、最新情報を、こちらから発信いたします。

 取り急ぎ、東北での活動記録は、こちらに記載いたしました。
 少し長いですが、お読みいただけましたら、幸いです。

 岩手、大槌町(5/3.4) http://touchcare.exblog.jp/15506258/
 宮城、七ケ浜(5/5) http://touchcare.exblog.jp/15507095/

 ★

 瓦礫の風景は、1995年1月17日以降、3月末から4月頃までの期間、日常で見続けた光景でした。
 うちのお迎えや数件隣のお宅がそうであるように、ぺしゃんこに潰された瓦礫の家屋には、そこで亡くなられた方がおられたかもしれないという予想が当たり前のようにたちました。異臭とほこりがたつ被災地の風景は、私にとって見慣れた風景であり、そして、それが撤去されて更地となった後は、もう、二度とそれを見ないんだという漠然とした安心感と同時に、時の移りすぎを実感したものです。。。

 大槌町に到着したとき、目の前に広がる瓦礫の荒野に、一瞬、息をのみました。
 その途方もない果てしなさは、私が体験した阪神大震災のときの被害を、はるかに超えていました。

 誤解をおそれずに、表現するならば、そこは、言葉のない、時間のとまった空間に見えました。
 もしも、私が、そこを車で通りすぎただけながら、おそらく、その表現だけで、私の感想は終わってしまっていたでしょう。

 でも、避難所となった安渡小学校、大槌稲荷神社、そして、個人のお宅に、勇気をもって中に入れさせていただき、そして、お身体にふれてから、その無機的な空気は一切消え去り、そこに暮らす人々の、いのちのあたたかみと、たくましく、生き生きとしたエネルギーが伝わってきました。

 そこに生き、生活し、再建のために、日々活動されている人々がおられることを、忘れてはならないということが、深く、私の中に、刻まれました。
 
 瓦礫はいずれ撤去されるでしょう。避難所の人たちは、次に、仮設住宅へと移られます。そして、それからさらに数年・・・。恒久的な住居が確保されるまでに、あと数年はかかります。
 当事者にとって、これは本当に長い道のりですが、阪神大震災を経験したものとして、必ずいつか、トンネルの向こうへと抜ける日がやってくることということを、伝え、励まし、そして、支援していくことができればと、思いました。


 ★

 阪神大震災から1年後、私は、縁があって、須磨区鷹取駅付近にある、「下中島公園自治会」という、公園内でボランティアをしていました。
 下中島公園自治会について、残された記録はあまりありませんが、ちょっと、ググってみますと、下記の記録がみつかりました。私は、ここに1年半ほど、半住み込みのボランティアとしておりました。
 http://www.geocities.jp/sinsaikoe/theme73.htm

 ここでの思い出は本当に、多数ありますが、今は、この言葉が思い出されます。

 フランスのジャーナリストの女性が、ここを訪れたときに、書かれたエッセイのタイトルがこれでした。
「私は、下中島公園で、なにも見なかった」 これを読んだとき、このフランス人ジャーナリストの女性の複雑で、かつ、真摯な気持ちが伝わってきたものです。私はそのとき、下中島公園の半住人だったので、私たちの目からみて、1日だけ訪れたフランス人ジャーナリストの彼女は、たしかに「何も見ていない」ように感じました。

 ★

 この言葉は、フランスの女流作家、マルガリット・デュラスの(ルイ・マル監督作品映画)「ヒロシマ・私の恋人&二十四時間の情事」という映画の戯曲の中の、有名な言葉に由来します。

 それは、終戦後の広島に訪れた主人公のフランス人女性ジャーナリストが、一人の広島在住の日本人男性ジャーナリストと出会い、一夜をともにします。そして、彼に言われる言葉、それが・・・

「きみは、ヒロシマで、なにも見なかった」


ヒロシマについて話すこと、見ることの不可能性を表出した冒頭の台詞です。




激しく破壊された瓦礫の風景は、私たちから、言葉を奪い、そして、その無機的な風景に心を奪います。
「見る」ことの限界は、そこに立ちふさがり、私は、おそらく、そこをそのまま通過したならば、
「わたしは、大槌町で、なにも見なかった」存在で終わったでしょう。

しかし、一歩踏み入り、たとえ短い時間ではありますが、避難された方のお身体にふれさせていただき、そして、少なからぬお言葉を聞かせていただくことができました。

16年前の阪神大震災を経て、私のところに届いた
「ふれることを学びなさい」というメッセージ・・・・。

それが、このことだったのかと、、、と、今更ながら、目に見えぬ導きに驚かされます。

ふれることで、私の中、そこで暮らす人々の、いのちのあたたかみが伝わり、そして、今なお、そこで暮らしつづける人々への愛のようなものが、おしよせます。

私は、大槌町で、なにも見なかった。
しかし、ふれることができた・・・。


10年以上の歳月を経て、私が、知らず知らずの間に準備をしてきたことが、これであったとは・・・。
まさに、やりのこしたことを、やらせていただけたという、しみじみとした思いがおこり、この導きと、ふれさせてくださった避難所の皆様への感謝の気持ちがただ広がる思いです。


 今日で、東日本大震災から2か月目。
 復興までの、気の遠くなるような長いみちのりに、世界中からの愛と光が注がれますように。

 NPO法人タッチケア支援センターでは、今後も、岩手県大槌町、宮城県七ケ浜への支援活動を継続していくことを、現在検討中です。


写真は、大槌町、安渡小学校すぐ近くの、避難所「大槌稲荷神社」
ここにも、大勢の方が避難生活をされています。
すぐ近くのお寺も、避難所となっています。

a0020162_11361090.jpg

[PR]



# by reiko-koyago | 2011-05-11 11:26

amana space &NPO法人タッチケア支援センター代表の中川れい子(旧:こやごれーこ)メッセージブログです。お問い合わせは mail@amanaspace.com 。 HP http://www.amanaspace.com/ http://touchcaresupport.com/
by reiko-koyago
プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

全体
エサレン・ボディワーク
エサレン・ボディワーク

フォロー中のブログ

ファン

ブログジャンル

画像一覧