レイライン通信 ~ 光の循環~  / 中川れい子のパーソナル・ブログ

エサレンの海から、鳴門、そして神戸へ。

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします^^。

さて、昨年末に日本に戻り、掃除洗濯年賀状書きに追われながら新しい年を越しました。
カップルのためのエサレンマッサージのワークショップの終了した日から離ればなれだった夫とも関西空港で再会し、結婚して初めての、二人だけのお正月を送っていました。これは、なかなか、新鮮であります^^。

エサレンでは、あいにくの雨。
重たく覆った分厚い雲の向こうの天空では、満月やら月食やら冬至やら水星の逆行やらと、にぎやかなアストロワールドが展開していたようですが、地上の私は、クラスメートにも恵まれて、いつにもまして、おっとりとした平和で穏やかなエサレンライフを楽しんでいました。
今までは何かを学ぼう、探求しようとする気持ちが強かったのですが、今回は、そういうパッションもなく、無理せずマイペースでくつろげる日々でした。ある意味、もう、ここから学ぶことは少なくなったのかもしれません。ちょっと、卒業気分?? それでも、この、触れることの本質を学ばせてもらったこのエサレンの地には、心からの敬意を感じています。

日本に戻ってから、1月4、5日と、夫と急に思い立って、国内一泊旅行をしようということになりました。
さて、どこに?といろいろと急いで考えて、ふと、思いついたのが、徳島県の鳴門。あの、鳴門のうず潮です。

実は昨年、高知県で仕事のあった夫は滞在中の息子と二人で、坂本竜馬の故郷の高知を旅しようと思い立っち、その行きしなに鳴門の渦を観光してから高知に行こうという計画だったのですが、その旅の朝、原因不明の激しい頭痛とめまいが・・・。あえなく、その日は旅をキャンセルして、念のために病院でCDスキャンをとりにいったのですが、異常なし。その日は休んで、翌日あらためて高知にむけて出発。2泊3日の四国旅行が、結局一泊二日の旅になり、鳴門は、あえなくパスしたのでありました。

ならば、リベンジということで、今回、再び、鳴門への旅を計画したのであります。

さて、1月4日の朝、目をさますと、夫が、またまた、ちょっと頭が痛い、胸が苦しいというではありませんか。
(前回ほどじゃないのですけれど)

ほほほ、もうだまされません^^。どうせ原因不明でしょう。
こんなとき、私って人間は、たいていこんなふうに、考えてしまうのです。


あぁ、鳴門が、呼んでいるぜ~ !




三宮駅から高速バスにのって、1時間半。
明石大橋、淡路島を通過して、あっというまに、鳴門です^^。




鳴門についたらすぐに、鳴門の渦のど真ん中に、観光船でどぼん。

以前、ゆったりとした大きな船の観光船に乗ったので、今回は、小さな水中翼船で鳴門の渦のど真ん中に入りました。
目の前には、渦、渦、渦・・・。

まるで、昨年のNHK大河ドラマ、竜馬伝のテーマ曲の流れるイントロダクションのCG画面のような大いなる海と波。気分はすっかり、坂本竜馬です^^。

波立つ渦を目の前にしながら、文字通り、その渦中にあり、
まるで、心も身体も魂もカルマも、何もかもが洗濯機にかけられているみたい。

20分のあっというまの鳴門の渦体験ですが、十分だったようです。
夫もすっかり元気になりました。
渦からあがって、さぁ、陸地へGO!



その日は、大塚美術館(世界中の名画を陶板画にして展示した巨大ミュージアム)が休館日だったので、かねてから、興味のあった、阿波の国の一の宮 ”大麻比古神社”へ行くことにしました。

ここは中臣氏すなわち藤原氏に滅ぼされた、古代豪族、忌部氏の神社。
忌部氏は、麻(ヘンプ)を神様に捧げる聖なる植物としてあがめていた祭祀や呪術を得意とする古代豪族です。

そのご祭神、大麻比古大神は、まさに、大和朝廷成立以前の、古い古い神様の称号で、同じく、古き神々の代表格である、猿田彦神と、豊受大神が、この神社にはまつられています。


その神社のすぐそばに、四国八十八か所の一番札所である霊山寺と、そして、神戸出身といわれている、キリスト教者であり社会活動家である賀川豊彦の記念館が、神社から歩いてすぐのところにあることを、前日に見た、大麻彦神社のサイトで、私は発見しておりました。

なんでも、神戸で生まれた賀川豊彦の父親は元は大麻彦社の近くの商家の出身で、4歳にして父母を亡くした賀川豊彦は父の生家に引き取られ、4歳から16歳までの間、この地で成長したということなのです。

賀川豊彦といえば、あの、生活協同組合(COOP)の生みの親であり、大正時代のベストセラー「死線を越えて」の著者ということぐらいしか、私はあまり知らなかったのですが、なぜか、ここ数年、この人のことが気になっていたのでありました。

これは、大麻比古神社さんのお導きに違いないと、今回の旅のメインイベントのひとつに、この賀川豊彦記念館を選んだのですが、いやぁ、かなり、私は衝撃を受けています。

この賀川豊彦という人が、どれほどすごい人であるかを説明するのは、アンマがどれほどすごい人であるのかを語るのが難しいのと同じぐらい、難しいです。

知らなかったのですが、この方は、生前、ノーベル平和賞候補となっていて、そして、アメリカのワシントン大聖堂に賀川豊彦像があるそうなんです。また、敗戦後の連合国軍最高司令長官マッカーサー元帥が、日本に到着して真っ先に会って戦後の日本の統治について話し合いたいと、名指しで指名をした人物が、この賀川豊彦だったのです。いや、そんなことでは、この人の途方もない人間愛を説明することはできないでしょう。とにかく、人々を救い、この世が少しでもより良くなるために、誠実に、かつ地道に、無私の奉仕を全力で尽くし続け、考えうるありとあらゆる方策を提案し、かつ実践した人です。

とてもマネはできませんが、日本史の講師をずっとやりながら、この方の人生についてここまで無知であった自分を戒めるためにも、しばらくは、この賀川豊彦さんについて、探求してみようと思います。

ちなみに、この鳴門の大麻彦神社で生まれた賀川豊彦さんのお父様は、息子の名前に、
その神社のご祭神の名前を授けたそうです。

賀川豊彦の豊は「豊受大神(とようけのおおかみ)」から。
豊彦の彦は「猿田彦神」から。


日本の、古き神々の名をもつ、偉大なるキリスト教の聖人です。



生誕100年を祝う2009年、賀川豊彦に縁深い、神戸の地にも、賀川豊彦記念館ができたそうです。
アンマが神戸にいらっしゃるようになったのは、2007年より・・・。
アンマ神戸来訪の三年目に、それは完成したそうなのです。


私という人間は、それが「偶然」であるとは思えないわけでありまして、
とりあえず、近いうちに、行ってこようと思うのであります^^。




今年は、念願だった、やさしく触れることの大切さを普及するための、NPO法人を設立します。
NPO法人 タッチケア支援センターといいます。現在、申請準備中です。順調にいけば5月ごろには設立されているでしょう。

エサレン、鳴門、そして、賀川豊彦と・・・・。
そのリソースを豊かに集めることができた、冬の旅路でした。


そのリソースとは何か。
また、じっくりと文章にしていきたいと思います。


2011年 こんな私ですが、本年もよろしくお願いいたします^^。


写真は、鳴門市賀川豊彦記念館前の碑文 「愛は私の一切である」
そして、鳴門の海の、朝日です。
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by reiko-koyago | 2011-01-09 22:35

エサレン®ボディワーカー、amana space &NPO法人タッチケア支援センター代表の中川れい子(旧:こやごれーこ)メッセージブログです。お問い合わせは mail@amanaspace.com 。 HP http://www.amanaspace.com/ http://touchcaresupport.com/
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