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エリック・ペパー先生がアマナスペースにやってきた その2 ポリヴェーガル理論とトラウマ

8月2日に、来日中のエリック・ペパー先生をお招きして、アマナスペースでミ二レクチャーを開いていただいた、この日のお題目は、「ポリヴェーガル理論(Polyvagal theory) とトラウマ」についての講義。前編はこちらです。

ポリヴェーガル理論は、日本では一般的に「多重迷走神経理論」と訳されています。polyは「多くの、多重」、vagas「迷走神経」が結合した、提唱者であるアメリカ、イリノイ大学の精神医学科の名誉教授である、ステファン・ポージェス博士の造語です。この理論は、博士によって1994年に提唱された新しい神経理論で、TRE(緊張とトラウマを解放するエクササイズ)やソマティクス・エクスペリエンス、コンティ二アム、バイオダイナミクス等の、トラウマケアにフォーカスするソマティクス系ボディサイコセラピーを支える新しい理論として、日本では数年前に少しずつ紹介されています。私が、初めてこの理論にふれたのは、コンティ二アムの1DAY体験クラスでした。その後、エサレンの師匠のシャーピアス先生を通じて出会ったTREで再会したのがこの理論なのですがもっと明確に理解したいと思っておりましたところ、エリック先生が、ポリヴェーガル理論の提唱者のポージェス先生と共同研究されているということを伺い、この機会に、クラスをお願したわけです。


というのは、昨年、エリック博士と、ポリヴェーガル理論の提唱者のポージェス博士とが協働で執筆した論文がBFニュースレターに掲載されているのを、エリック先生がFBで紹介してくださったのを見つけたからです。
タイトルは「デートの時のレイプで、NOと言えないことは、YESではない~精神生理学的要因から考察する」というもので、原文はこちらです。


今回、通訳を担当してくださった、スー.リーさんが、参加者の方のために「抄訳」を作成してくださいましたので、ここにご紹介します。

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デートレイプで「ノー」と言えないということ / 精神生理学的要因


女性が性行為を望まない状況でデートレイプ加害者に対して抵抗せずに従ってしまうのはなぜでしょうか? 被害を受けた際、多くの女性が「ノー」と言えず、抵抗もできなかったという報告が多数あります。加害者の男性は、被害者の無抵抗を性行為に同意した反応だと認識します。アルコールや薬物の影響は、加害者の判断力を低下させその誤解を悪化させます。被害者は身動きが取れず抵抗できなかった自分を責め、恥辱感に長い間苦しめられることになるのです。現在のレイプ被害の解釈の多くは、性行為を望まないのであれば、「ノー」と言うか抵抗するはずであるというもので、被害者には神経生理学的に防御反応能力が備わっているという理論に基づいているものなのです。(※デートレイプとは、親しい関係の二人の間に起こる、同意のない性行為。その被害は同性パートナー間、女性の加害者でも確認されるが、この論文では被害者を女性、加害者を男性として記述する。)

精神生理学的ストレス
1930年代にハンス・セリエによって紹介された“ストレス”理論による「fight闘争」か「flight逃走」反応は現在では一般的に普及しています。しかし従来の理論では説明できない「freeze 凍りつき/硬直」という反応が確認されるようになりました。「freeze凍りつき/硬直」反応はPTSDの診断を受けた患者に多くみられるものの、ストレス物質に反応する交感神経や副腎には目立った症状が見当たりませんでした。

ポリヴェーガル理論 (多重迷走神経理論)Polyvagal Theory
約20年前、スティーブン・ポージェス教授により精神生理学的ストレス反応以外に、より包括的なストレス反応が提唱されました。このポリヴェーガル理論は、私たちが危険を察知した際、反射的に神経システムの原始的「硬直(freeze)」という反応を取るというものです。この原始的硬直反応は哺乳類に限らず亀などの爬虫類にもみられる原始的防衛反応です。ニューロセプションという過程で、脳が刺激の危険度を≪安全、危機、命にかかわる≫と察知し3種類に分け、私たちが意識として理解する前の潜在意識の状態で、その対応を決定するのです。この場合、従来のストレスに反応し対応しようとする脳の大脳新皮質とは別の場所で、この過程が進められることがわかっています。ポリヴェーガル理論をデートレイプの被害者反応に当てはめると、脳がレイプ被害を「命にかかわる」状況として受け止める→従来のストレス対応能力(大脳新皮質)とは異なる反射的な対応を取る→からだの働きを停止させる→その痛みに備えようとすると考えられるのです。



まとめ
1. 被害時にまひ状態になったとしても、彼女には一切責任はありません。哺乳類に受け継がれてきた防御反応として壮絶な危機的状況を乗り越えるための最終手段だったのです。自責感、恥辱感を持つ必要はないのです。

2. 潜在的加害者は相手が従順な対応を「イエス」であると誤解してはいけません。相手との親密な関係の延長で、強制ではなく双方の合意による性行為のアプローチを持つことをお勧めします。

3. ポリヴェーガル理論の議論は2014年9月28日に可決されたカリフォルニア州の法律を支持するものとなりました。カリフォルニア上院法案第967 “カリフォルニアの大学では大学生同士が性行為を行う場合、当事者同士が性行為を肯定し、明確な意思と容認が共有されている必要がある。





以上、抄訳です。
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この、まとめの1~3を読むと、この神経理論が今日の社会で重要なのかがわかりますね。



(補足ですが、迷走神経とは、脳幹(延髄)にその神経核をもち、そこから発せられる、12ある脳神経の第10脳神経で、そのほとんどは、内臓とつながっていて、一般に副交感神経の働きの大部分は迷走神経に属しているとのことです。ちなみに迷走神経腹側複合体は、哺乳類以降に発達した神経で、哺乳類の赤ちゃんが、生まれてすぐにほほ笑んだり、周囲と良い関係をとろうと本能的に働きかけるのは、生き延びる手段として、本能的にこの神経が働くからだそうです。一方、背側のほうは、爬虫類のころからある神経で、太古の私達の祖先が、海の底をじっと、凍り付くように動かずに、困難を乗り越えていったときに活躍した神経だそうです。なお、ポリヴェーガル理論については、こちらのPDFが非常に勉強になりました。著者の方に敬意を表したいと思います。http://www.banyantree8.com/blog/images_mt/Polyvagaltheory1215.pdf




デート中に、突然彼氏に襲われたときに、理性で考えることができずに、思わず凍り付いて抵抗できなくなってしまい、それが、相手にとってYESの反応だと思われてしまう。。。
これは、脳が③の「命の危機を感じる」という反応をおこし、そこで、身体が凍り付き、硬直したという反応が起こったということです。
この理論の理解で、まとめの3のように「明確な意思と容認が共有」されることが必要と法的に明言されたということは、注目すべきことですね。

この問題について、ペパー先生から追加のコメントがクラス中にありましたのでご紹介したいと思います。




多くのレイプの被害者は、「人に言えない」ということを体験します。
「抵抗できなかった自分」を責めます。
「自分が何か好意的なサインを相手に送ったのに違いない」と、自責の念にとらわれます。

こういう被害にあったクライアントや、自分の生徒に私はこう伝えます。
「あなたが悪いのではなく、あなたの脳や身体がそのように反応してしまうものなのです」

子どもが虐待されたときに、動いたり、抵抗したりすることができず、虐待されるのは自分のせいだとしてしまう。
息をひそめて、潜む、、、まるで、森の中の敵(トラ)が気がつかれないように。。。

それは、その子にとって「生きのびるための、唯一の手段であった」ことを理解する必要がある。
そうした反応ができたことで、生き残ることができたのだと。

この理論を説明することで、自分を責めることがだんだんと軽減されていく。

そして、このようにガイドするといいでしょう。

ゆっくりとした呼吸をしてみましょう(1呼吸、10秒ぐらい)
すると、「脳」が、危険を感じることを避けて、人との交流(social support)が促されるという反応がおこる。




ここで、もうひとつ、重要なポイントがあるかと思いますので、補足しておきます。
それは、ポリヴェーガル理論でステファン・ポージェス先生が造った言葉であるニューロセプション(Neuroception)という考え方。
これは、脳が勝手に反応してしまうこと、、、すなわち、大脳新皮質での思考プロセスを踏まない、本能的で無意識な神経システムの中でおこる反応です(迷走神経は脳幹(延髄)に神経核をもちますよね)
大脳新皮質で理性として認知されるよりも、20倍のスピードで反応するということです。

なので、大きな問題が環境で起きたとき(たとえば突然の大地震等)、 ①社会的行動をとる  ②その問題に対して闘う、あるいは素早く逃げる ③硬直して凍り付く、動かなくなる
という反応は、私達が理性で判断して選択できるのではなく、神経的に反応してしまうものなのです。


これも、エリック先生が講義中におっしゃられたことですが、
女性は、危機に瀕したとき、戦わず、柔軟に対応し、人と協力しあう方法をとることが多いそうです。
一方、男性は、自分一人でなんとかしようと行動し、闘うか、素早く逃げるかの反応を起こすことが多いそうです。
これも、かつての進化の過程でおこったことなのでしょう。

女性は、危機のときは、ふれあって、つながりあうことを選択することを本能的に選びます。
進化の過程で、女性は、人間的なつながり、ふれあいは、オキシトシンを分泌させ、そして、オキシトシンは、ストレスを乗り越える力をもつことを本能的に知っているからです(オキシトシンは本来女性ホルモンですよね)。人類の半分が女性であったことは大切ですね。今の時代は、もちろん男性にも、こうした社会的な反応が起こる人も増えてきてると思います。また世界的にみて、女性リーダーが増えつつあるのも、今の時代をあらわしているかもしれません



これについて、タッチケアやエサレンボディワーク等の施術のアプローチ法にも応用して考えることができるので、少し脱線させてください。(一応、エリック先生にも内容的に確認をとれました) この理論は、クライアントさんが本当の意味で安全と感じてくれるために私達が理解すべき大切な観点が盛り込まれていると思います。それは、安全を感じる、ということは、「神経的に安全を感じる」ことだと理解することなのかもしれません。
施術者が近づいたときに、受け手の方が、リラックスして、心地よく受けていただくことが大切ですが、そのさいに、「安全」であるかどうかは、本当に大切なところ。
受け手の方が「安全・安心」だと感じていただくために、施術者は、いろんな努力をします。施術者の経験とスキルとはまさにここにあるのだと言っても過言ではないでしょう。
ここで大切なことは、受け手の方が、安全安心であると感じるのは、理性ではなく、神経的に判断しているということです。そのために、施術者はクライアントさんの五感に届けられる様々な神経的刺激を可能な範囲で、心地よいものにすること(すなわち、「こころにやさしい」ものにすること)に努力することが大切だと思います。その意味では、スキルというよりもアート(技術)という表現のほうが近いかもしれません
そして、それが、本当に安全であると神経的に受け取ったとき、受け手の方も、友好的な態度や表情、生理反応がおこるということが、ポリベーガル理論からも理解できます。
実際に、セッションをなさってきた方なら、そういう経験がおありでしょう。
そのクライアントさんの友好的な反応もまた、神経的な反応であることも、私達はよく理解する必要があります。
一方、じっと静かに受けてくれているからといって、それが100%、心地よく安心してくれてるとは断言できません。その時の状況や施術者のアプローチ法、あるいは、受け手の方の記憶や体験から、じっとしているからといって、リラクセーションではなく、硬直・凍り付きであるという場合も、決してないとは言えないのです。クライアントさんを、まな板の鯉にしてはいけないと、生徒さんにいつも伝えていますが、よく観察して、たとえば、体温が下がる、息が浅い、、、等の生理的変化が起こっているとき、声をかけて、コンタクトすることを忘れないようにしないといけないでしょう。そういう時でなくても、コンタクトすることはクライアントが安全を感じるためには最も重要で、そして、いつでもNOと言うことができるスペースを提供することも大切でしょう。(ここでも、「NOと言えないことは、Yesの表現ではない」こととつながります) 
不安やトラウマのある方は、全身のオイルトリートメントよりも、着衣のままでの部分的なタッチケアからスターとすることをお勧めしたいと思います。多くの場合、ふれあうことで、信頼関係と安心感は生まれやすくなりますが、もちろん、十分にコミュニケーションをとって、安全安心な環境で、同意のもとでが原則です。「安全こそ、もっとも大切なこと」、前回のレイライン通信をご覧ください。http://rayline.exblog.jp/23081163/






さらに、トラウマについて、エリック先生は、このようにも伝えてくださいました。

トラウマは、太古の昔からずっとあるし、生きている限り存在する。
トラウマそのものが、悪い面ばかりをもつわけではなく、
トラウマを経験することで、人類は成長してきた。

トラウマを受けた時、一番大切なことは「孤立しない」こと。
社会的なつながり、サポートがあることが大切。
兵士のPTSDで、イラク・シリア帰還兵の30%にPTSDが認められた。
そのほとんどは、前線の兵士ではなく、裏方の兵士だった。
前線の兵士には、グループサポートのシステムがあるが、
裏方の兵士には、それがなかった。
イスラエルの兵士にはPTSDがあまり認められない。
女性にも男性にも兵役があり、国民みんなが同じ体験をするので、
仲間のもとに戻ったとき、互いにそれを隠さなくても、語り合える。
隣の人も、みんな、そうなんだと理解できる。
トラウマについて、経験をわかちあえる、、、ということが、大切。
(これはPTSDに関する一例で戦争を肯定するものではありません)

一方、経験を分かち合えない場合、人は、引きこもる。
現代人のトラウマケアの最大の問題は、「孤立する」ということ。
ヒューマンコンタクトの大切さを、思い出してほしい。
それは、進化の過程で、獲得されてきたもの。

今、スマホや、パソコン、ゲーム等が人間の社会に登場して、
人と人との触れ合いが減りつつある。
子どもの遊びも、ゲームがふえて、実際に触れ合ったりする遊びが減ってきている。
また、周囲の環境や、自然を観察したりすることも減ってきている。

(こうした時代的背景は、タッチケア支援センターを設立した最大の目的だったので、再確認!)

多くの病気の大きな理由は、私達の進化の流れから、大きく離れてしまったということ。
トラウマは、何百・何千年も前から存在していた。
しかし、人類は生き延びてきた。

今、トラウマが問題となっている一番大きな理由は、
私達一人一人が孤立し、仲間から離れて生活するようになってしまったからではないだろうか。。。



***

その他、呼吸のこと、
姿勢の大切さ、食べ物、食事のことなど、
まさに、ホリスティック医療の幅広いテーマにも触れていただきました。

3時間では、ちょっと短いですね^^。
でも、ほんとうに、大切なことを、たっぷりと語ってくださいました。
ここにも、書ききれないこと、一杯ありますが、
今日も、とっても、暑いので(笑)、これぐらいで筆をおきますね!

エリックペパー先生、本当にありがとうございました!



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クラスのときに使われたパワーポイントのスライドの1枚。ポリヴェーガル理論について説明した表を、通訳のスーさんがさっそく翻訳してくださいました。(韻律とあるのは、呼吸や心拍等のリズムのこと)

エリック・ペパー先生がアマナスペースにやってきた その2 ポリヴェーガル理論とトラウマ_a0020162_00075269.jpeg

こちらが元の画面です。
by reiko-koyago | 2016-08-05 11:17

エサレン®ボディワーカーでNPO法人タッチケア支援センター代表理事の中川れい子(旧こやごれーこ)の個人ブログです。2003年から、エサレンやソマティクス、ボディワークや癒し、聖地巡礼、社会問題の徒然を気ままに綴り続けています。Soumyaは”月の女神”をあらわす私のホーリーネイム。


by reiko-koyago