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レイライン通信 ~ 循環する旅~  / 中川れい子のパーソナル・ブログ

3年前の鎌倉の思い出 -東慶寺の水月観音、海蔵寺の底抜けの井ー

3年前の秋の、facebookへの投稿です。
レイライン通信にも記録しますね。
ジュディス・ウィーバー先生の「周産期心理学プロセスワーク」という一週間のワークショップに参加するために、鎌倉へ。
その時に、巡った鎌倉の古刹、東慶寺と、海蔵寺をめぐった時、鎌倉一人旅、2日間の記録です。
縁切寺・中世の女性の出家者、千代野、水月観音、底抜けの井、洞窟・・・。
まるで、タイムスリップしながら意識の胎動を潜り抜けるような、不思議な旅だったので、ブログにも記録しておきますね。
(この旅の直後に、周産期心理学ワークショップでは、まさに子宮の中で過ごし、胎動を潜り抜けるような時間を過ごしたのを思い出します)
(2020年11月2日)

***
1日目
鎌倉、東慶寺へ。

ふとFBでこちらの墓所に西田幾多郎と鈴木大拙のお墓があることを知り訪れました。
いずれも金沢出身の知の巨人。去年の今頃は鈴木大拙記念館を訪れ、10年ほど昔に曽祖母の苗字のルーツを追ってくれた金沢の友人が、電話帳を頼りに「宇ノ気」という町を見つけ、そこに西田幾多郎哲学館が忽然と建ってたので、彼女のドライブで初めて訪問しました。とても素晴らしい哲学館なので、気に入って、その後二度ほど訪れました。
鈴木大拙は、周産期心理学の先生でもあり、センサリーアウェネスの師匠でもあるジュディ・ウィーバー先生が、金澤の鈴木大拙の記念館に行きたいとおっしゃるので(ジュディス先生、昔、最晩年の鈴木大拙ご自身に会われたことがあるということで)、金沢にお連れして、1泊二日の旅をしたのがこの2年前。

今回、この鎌倉後で、西田幾多郎と、鈴木大拙、お二人の誕生の地と終焉の地が結ばれていきました。

それにしても、なぜ、東慶寺なのか?
尼寺ではないですか、あの駆け込み寺で有名な、、。と不思議だったのですが、色々と紐解けてきました。ちょっと長くなりますが自分の記録メモとして。完全に歴女モードの独り言ですが^_^。

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封建時代、女性からの離縁は原則不可。
唯一、東慶寺のみが女性が駆け込み3年近く滞在すれば離縁がかなうシェルター。最近、映画もありましたね
どうやら鎌倉時代の創建当初から、女性の側に立つ慈悲深いお寺で有名だったようですが、開祖の覚山尼は北条時宗の妻で、あの元寇のときの鎌倉執権。元寇対応に追われながら宋の高僧、無学祖元に夫婦で帰依。覚山尼も時宗死後は尼寺東慶寺に入りますが、息子もまた執権として君臨しますので大変な権力をもつ女性ではありましたが、この覚山尼、実は安達家の出身でもありました。
安達というのは鎌倉時代の最有力御家人のひとつ。ところが、この時期、霜月騒動というきな臭い事件が起こります。すなわちこの安達家が北条執権の部下の管領に滅ぼされてしまうのです。以後、鎌倉御家人達は不満を募らせ、結果、新田義貞や足利尊氏という鎌倉幕府内部の御家人により滅ぼされるのですが、ま、それはおいといて。
東慶寺の開山、覚山尼はこの実家である安達氏の滅亡をまのあたりにするのですが、彼女の姪にあたる安達千代野もまた霜月騒動の後、無学祖元のもとで出家します。
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千代野が光明を得たという「底脱(そこぬけ)の井」。東慶寺のすぐそばの海蔵寺にあるという、、これはまた次回に(このブログの後半にあります。2日目の旅)
さらにその後、後醍醐天皇の皇女、非業の死をとげた護良親王の姉にあたる五世用堂尼が父と弟の菩提を弔うために就任。ここから松ヶ丘御所と呼ばれるようになったらしい。
さらに時代が進み豊臣秀頼の娘が20世に就任。秀頼の息子はすべて殺害されてますから、豊臣の流れの女性というのは驚きです。この方が天秀尼。
開祖 覚山尼 滅んだ安達氏の娘
五世 用堂尼 追いやられた後醍醐天皇の娘
二十世 天秀尼 滅んだ豊臣氏の娘
まぁ、お寺に出家させられるのはそういうパターンが多いとはいえ、これはかなり強烈な布陣。
で、どうやらこの方たちが、中世から近世にかけて追いやられた女性たちを救済するため、意地とプライドをかけて女性たちを守り抜く、相当な力を尽くしたようなのです。

この豊臣秀頼の娘の、天秀尼が、江戸時代初期に、徳川家康の許しをえて、この東慶寺を女性の離縁が許される「駆け込み寺」「縁切り寺」として、機能された人なのです。

墓所に行くとこのお三方の女性のお墓が並んでありました。今回はまるでここに引き寄せられたかのようにも。


そのすぐ隣の一番大きなお墓は、明治になり尼寺としての駆け込み寺の役割を終えた東慶寺に住職として着任した釈宗演のお墓。東慶寺中興開山。
この釈宗演が素晴らしい禅僧でいらしたようで、ここに鈴木大拙ら、哲学や文学、財界人が集まり、近代日本の精神性の拠点のひとつとなったというのが流れのようです。
墓所には、西田幾多郎、鈴木大拙、和辻哲郎、小林秀雄、岩波茂雄、高見順、堀田善衛と知の巨人たちが勢揃い。崖と木々がふっくらと子宮のように包みこむ静寂な聖地でした。ここはおそらくは女神の聖地。
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西田幾多郎のお墓
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鈴木大拙のお墓

女性達が守り切った駆け込み寺が、近代の知の巨人たちの魂の安らぐ地に。
日本史に潜む意気のような、いっぽん筋の無入った精神性、慈悲にまつわる歴史に思いをはせます。
明日も鎌倉古寺めぐりです。


2日目
再び、東慶寺へ。

東慶寺さんの水月観音像が素晴らしいというアドバイスをいただきいてもたってもいられず再び東慶寺へ。朝一番に予約をいれたら9時半の拝観がかないました。拝観は1日2回、要予約。
これは再度訪れて正解でした。
もとは着色された白衣観音様だったそうですが、白衣観音といえば龍の背に乗るもの。こちらの観音様は泰然と岩の上に寛ぎ水に浮かぶ月を見つめる。
鎌倉彫刻の中でも最高峰でしょう、このBEINGと慈悲の表現。
(写真は、水月観音様を教えてくださった、浅田誠一さんからお借りしたものです^_^)

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鎌倉後期の作ということですからご初代覚心尼から始まり代々御守りされ、様々ないわくつきの女性たちの祈りを見守ってこられたのか。
額には「水月」と、鈴木大拙の書が。
当然、大拙もこの水月観音の前で座禅したはず。この裏手に鈴木大拙の書斎があったということで松ヶ岡文庫として今も大拙の蔵書が収められているそうです。
水と月。
ニューエイジ時代のマスターの一人である和尚は後年、禅に傾倒しその著も多数。その中でわたしにとり特別な女性は
NO WATER
NO MOON
タイトルにもなった禅の逸話の中の千代能という鎌倉時代の禅尼。
あるとき井戸から汲んだ水をはった桶に映る月に見とれていたら、瞬間、桶のタガが外れて水が流れ、たちまち月が消えたその時、千代能は悟りを開いたという。
その井戸を底脱(そこぬけ)の井戸)といい、東慶寺から20分ほどのところにある海蔵寺の門前に今もその井戸があるらしく、行ってきました。いくと、ほんとうに、実際にあったので、びっくりしました!実在していたなんて!

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底ぬけの井に自分のからだを映してみる。


元の句は

千代能がいだく桶の底脱けて
水たまらねば 月もやどらじ


和尚の解釈はさらに美しく
あれこれと
どうにか桶をとめてきた。
もろい竹が切れないように。
突然、底がぬけた。
水たまらねば
月もやどらず。
私の手はからっぽ

最後の「私の手は空っぽ」は和尚の解釈だけど、ここがまた良くて。これを読んでいらい、触れる手は空っぽでありたいと思いました。
水は感情やマインドだろう。
消そうと思って消えるものではない。
そこに美しい月が輝いている。
うっとりと眺め、見入ってしまう。
突然、たがが切れる。
誰も予想できない瞬間。
たちまち水は溢れ月は消える。
水たまらねば月もやどらず。
(わたしの手は空っぽ)
なぜインドの和尚が鎌倉時代の尼僧の話を知っているのか?と不思議でしたが、これは今となっては断言できます。鈴木大拙の英文で書かれた著書からでしょう。鈴木大拙は、晩年、この東慶寺に書斎を置いていたらしく、おそらくは、毎日、水月観音の像を前にして、座禅をくんでいたのでしょう。。。
そこに書かれていたかどうかわからないのですが、和尚いわく、千代能は若い修行僧と共に修行するために自らの顔を焼いたそうです。そして誰よりも一心不乱に修行に励んだ。それほどに彼女は悟りを得たかった。
だけどそれはあるとき突然、まったく予期せぬ形で起こった、、。
水たまらねば
月もやどらじ

千代能が生きた時代も鎌倉後期。
美しい水月観音様とこの話はつながるのでしょうか?
海蔵寺は東慶寺と同じ今は臨済禅のお寺ですが、それ以前は弘法大師ゆかりの真言宗のお寺だったそうです。
巨岩、洞窟、そして湧き水の井戸。
かなり特異なお寺で、名刹です。

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静寂の中に岩の内側から沁みいだす水の音が聴こえてきます。
洞窟は、かつてはここで僧侶がひたすらに座禅をくんでいたのではないでしょうか。
奥の院には、洞窟に16の井戸が並ぶ「十六井戸」があります。清水が湧き出て不思議な空間で非常に神秘的。。曼荼羅を表しているとも言われています。
岩に水(源氏の氏神は石清水八幡宮ですしね)

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こうなると五行では金(財)を生み出すとされています。さらなる奥の院、銭洗い弁財天へ。
海蔵寺から山越えして歩いて30分ぐらいでしょうか、、奥へ、奥へと導かれます。

行ってみると、やはり財運の神社さんなんで参拝客に溢れていました。洞窟の中の湧き水で銭を洗うと金運アップ。もちろんやってみました。お金を洗うと、すがすがしい気持ちになれるものですね。

この銭洗い弁財天そのものが、大きな洞窟の中にあります。
ここは、まるで龍の巣のようなところ。
あるいは胎内。
実に落ち着き安まります。


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観光客もあまり気にならずお茶屋で疲れた脚をいやしました。
いやはや、相当に歩きました^^。
そして鎌倉駅まであるいて由比ヶ浜のお宿で休憩。
さぁ、いまからジュディス先生のソマティク周産期心理学、四日間。
もう胎内めぐりしてきた心地ですが、これからは自分の内側へ。

(2017年 11月に記した旅の記録です)





by reiko-koyago | 2020-11-01 00:19

エサレン®ボディワーカー、amana space &NPO法人タッチケア支援センター代表の中川れい子(旧:こやごれーこ)メッセージブログです。お問い合わせは mail@amanaspace.com 。 HP http://www.amanaspace.com/ http://touchcaresupport.com/
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