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レイライン通信 - Soumya 中川れい子の日々を伝えるblog rayline.exblog.jp

エサレン®ボディワーカーでNPO法人タッチケア支援センター代表理事の中川れい子(旧こやごれーこ)の個人ブログです。2003年から、癒しのことを、旅のこと、聖地巡礼、社会問題の徒然を気ままに綴り続けたブログ。


by reiko-koyago

エサレンとソマティック(ソマティック心理学協会機関誌VOSS寄稿)

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ソマティック心理学協会の機関誌「VOSS voice of somatics & somatic psychology 2021-22」に寄稿させていただきました。あらためて、エサレン研究所の歴史と、エサレン®ボディワークの源流について書かせていただけたのは良い機会となりました。ここからさらに膨らませて、わたしとエサレン、そして、ソーマのことを書き綴りたいと思います。blogに、投稿内容をエサレン研究所の写真とともに掲載しますので、お届します(中川れい子)


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エサレンとソマティック


中川れい子

エサレン®ボディワーク認定施術者

NPO法人タッチケア支援センター代表理事

はじめに


2021年10月4日、日本ソマティック心理学協会 第8回記念大会のプレイベントであるソマティック・ウイーク(オンライン開催)の初日に、久保隆司会長とご一緒に“エサレンとソマティック”についてお話させていただきました。このテーマについて、あらためて寄稿させていただきます。


ソーマとソマティクス


ソーマ(SOMA)は、ギリシャ語の“からだ”をあらわす言葉で、英語の“BODY”が肉体的身体を表すのに対して、“SOMA”は、こころ・身体・魂など、あらゆる次元を含む身体を表す言葉です。エサレン研究所の初期の教育ディレクターであり、フェルデンクライス・メソッドの実践者でもあった哲学者のトーマス・ハンナ(Thomas Hanna 1928-1990)は、「ソーマとは内側から体験する身体であり、刻一刻と変化するプロセスである」と語っています。そして、身体感覚に働きかけることで、身体だけではなく生き方や自己成長そのものにかかわるワークの総称としてSOMATICSという概念を提唱しました。“S”がつくのは、フェルデンクライス・メソッド、アレキサンダー・テクニーク、センサリー・アウェアネス等、様々な身体的ワークが複数あることを示し、トーマス・ハンナが中心となって発刊した雑誌の名称、「SOMATICS」に由来します。


ハンナがこの言葉を使い始めたのは1976年で、それに先立つ1960年代、エサレン研究所はすでに、身体感覚の直接体験を通じて人間の意識の変容と潜在的な可能性に取り組む、新たな潮流の中心でした。そこには、二つの世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争や人種差別や過酷な精神治療など、「ソーマ」を痛ましく虐待し続けてきた欧米社会の歴史背景もあったのでしょう。


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エサレン研究所、瞑想センター


エサレン研究所の誕生


1960年代、アメリカでは公民権運動、ベトナム反戦運動、ヒッピー文化、サイケデリック・ムーブメント、ビート二クス運動等が渦巻き、既成の文化や思想に対抗し、人間精神の内側から根本的に探求しなおす気運が盛り上がりました。当時はマリファナやLSD等の作用で意識の変容を体験することも盛んでしたが、やがて瞑想・ヨガ・気功・禅・合気道など、東洋をルーツとする身体技法へと関心が広がっていきました。特に、1952年の移民法改正以降、アジア人移民が急増したカリフォルニア州のサンフランシスコ周辺で、その傾向が顕著でした。


そうした時期、共にスタンフォード大学を出たマイケル・マーフィー(Michael Murphy 1930~)とリチャード・プライス(Richard Price (1930 –1985 Dick Priceとも呼ばれます。以下、ディック) は出会いました。マイケルは、医師になれという親の願いに反して、東洋哲学や精神世界の探求に没頭していました。学生時代に心理学を専攻していたディックは、卒業後に軍隊に入ったことで心のバランスを失い、精神病院で受けた苦痛を通じて既存の精神治療に深い疑問をもちました。現在、エサレン研究所の敷地は、マイケル・マーフィーの祖父の別荘があった地です。マイケルは家族の土地を提供し、企画と広報を。ディックは訪れる人にとって、安心して心地よく過ごせる場づくりを丁寧に積み重ねていきました。


ディック・プライスは1984年の春、2日間にかけて長いインタビューを受けています(翌1985年の秋、落石事故によって他界) 。ディックは、『あなたはどんな空間を作りたかったのですか?』という質問に対して、このように答えています。


『エサレンのような場所ですね。野外で、閉じ込められずに過ごせて、良い食事を摂れて、何かを覆い隠さず、同じような体験をした他者が作り出したネガティブな自己定義が無く、あるがままを体験しながら生きていける場所です。そして、精神科医のような人がおこなう、何か特別なことをしようとしないスタッフが居る場所です。・・・・(質問者:では、代わりに何をするのでしょう?)・・・・私には三つのキーワードがありました。プロセスを信じること、プロセスと共に居る事、立ち入らないこと。言い方を変えると、何が起きていても、それを抑圧せず、信頼して、その体験に空間を与えるということです』


エサレン研究所のあるビッグサーは、サンフランシスコから車で3時間半程南へ、ハイウェイ1という太平洋沿いの一本道をまっすぐに下ったところに位置し、以前から自然を愛する前衛的な芸術家や作家が移り住む地でもありました。マイケルとディックは、新しいセンターの名前を“エサレン研究所(Esalen Institute)”と名付けました。エサレンとは、そこにかつて暮らしていたネイティブアメリカンである部族の名に由来します。「お湯の沸く場所」という意味で、その言葉のとおりビッグサーは温泉が湧き、今なおエサレンは太平洋を臨む温泉で有名です。


マイケルもディックも、強いリーダーシップでエサレン研究所を運営したわけではなく、むしろ中心を“空”として、様々な先駆者や探求者、協力者、そしてゲストを受け入れながら、まるで泉が沸きいずるかのように有機的に生成し続けてきたのがエサレン研究所だと言えるでしょう。そして、その原動力となったのが、ヒューマン・ポテンシャル運動でした。



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マイケル・マーフィーとディック・プライス

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太平洋岸のお風呂を見下ろして
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敷地内の農園


ヒューマン・ポテンシャル運動と人間性心理学


当時、彼らを刺激したのは、英国の作家で『知覚の扉』等の著者として有名なオールダス・ハクスリー(Aldous Huxley, 1894-1963)が晩年に提唱した、ヒューマン・ポテンシャル運動(Human Potential Movement)でした。人間の潜在的な可能性を開拓する運動で、人間性回復運動とも呼ばれます。それは、新たなフロンティアは外側ではなく、人間の内的な意識を探求することも意味しました。


ハクスリーは、「人間は脳の全ニューロンの10%もいまだに使っていない。人間には、まだ非常に大きな可能性(合理性・愛情・親切・創造性など・・・)が潜在している」と説きました。彼は、自身の目の治療のためにフレデリック・マサイア・アレクサンダーからワークをすでに学んでいたのですが、こうしたヒューマン・ポテンシャルの回復と開発のためには、「身体性」「体験」「気づき」「創造性」「楽しむこと」が重要であり、そして、人間は言語と非言語の両方の世界に棲む“両生類”であると説きました。1962年1月、ハクスリーが最初で最後のワークショップを開催したことからエサレン研究所の胎動が始まります。今でもエサレンのメイン・セミナールームの名は“Huxley”です。


また人間性心理学を提唱し、すでに高名な心理学者であったアブラハム・マズロー(Abraham Maslow 1908-1970)も、エサレン研究所に大きな影響を与えています。1962年の夏、彼は、偶然、ビッグサーをドライブしていた際に立ち寄ったといいます。マズローが加わったことで、固定観念によって抑圧され疎外されてきたヒューマン・ポテンシャルの目覚めを通じて本来の自分を取り戻し、より豊かな在り方へと導くというエサレン研究所のビジョンはさらに広がりました。


他にも、エサレン研究所には多くの心理療法家が訪れています。来談者中心療法のカール・ロジャーズやゲシュタルト療法のフリッツ・パールズ、ホロトロピック・ブレスワークを展開し、マズローとともにトランスパーソナル心理学協会を立ち上げたスタ二スラフ・グロフダブルバインド理論のグレゴリー・ベイトソン、エンカウンターグループの創始者、ビル・シュッツ、ウイリヘルム・ライヒの流れをくむアレキサンダー・ローエン、プロセスワークの創始者アーノルド・ミンデル・・等、数えきれないほど大勢の、今日のソマティック心理学の源流となる先駆者が滞在し、長期にわたりワークショップを展開しました。


その他、カルロス・カスタネダや、ラムダス、ティモシー・リアリー、ジョセフ・キャンベル等、人間の意識の変容にかかわる探求者が大勢エサレンに訪れて、やがてニュー・エイジや、ホリスティック医療にも影響を与えていきます。


エサレンに訪れる人々は、考えや立場の違いを超えて温泉に浸かり、太平洋の海を眺め、波の音を聴きながら、敷地内でとれたオーガニックな野菜料理を食し、ゆったりと過ごすうちに打ち解けていきます。新たな出会いと交流の波が、何度もくりかえし押し寄せながら、エサレン研究所は成長していったのでしょう。



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波の音が響く、セッション・ルーム
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エサレンのガーデン

エサレン®ボディワーの源流を辿る。


ボディワークは設立の当初からエサレン研究所の中核として位置付けられました。エサレン®ボディワークは、一般的な欧米のスウェーディッシュ・マッサージの様式であるオイルマッサージがベースですが、その人間観、身体観・アプローチの在り方、空間の捉え方等、エサレン研究所で育まれてきた哲学と、相互に交流しあう人々のコミュニティの中で熟成されていったものです。


1960年代に頻繁に訪れたドイツ生まれの精神科医フレデリック・パールズ(Frederick Perls,1893-1970)もエサレン®ボディワークに影響を与えた重要人物の一人です。彼のゲシュタルト・セラピーはディック・プライスによって「ゲシュタルト・プラクティスGestalt Practice」として受け継がれていきました。何かを変えようとすることよりも、呼吸とつながり、“いま、ここ”を“あるがまま”に気づき、そしてプロセスを信頼していくというエサレン®ボディワークの基本姿勢へとつながっていきました。


同じくドイツに生まれ、エリザ・ギンドラーに学んだ後、ナチスから逃れアメリカに移住したシャーロット・セルヴァー(Charlotte Shelver 1909~2002)がもたらした影響も大きく、彼女の「センサリーアウェアネス(Sensory Awareness)」は“Living Zen”と呼ばれ、「立つ・歩く・座る・横たわる・…」等の、単純な動作をゆっくりと動くことで、 “今・ここ”のからだの気づきを内側から深めるワークです。


エサレン草創期に頻繁に訪れたアイダ・ロルフは、筋膜(fascia)の深層にアプローチすることでからだの構造に精妙な変化をもたらせる手技療法(後にロルフィングと呼ばれます)を伝え、エサレン®ボディワークに身体全体を構造的に統合し、“重力”と共に流れるような動き、ゆらぎ、共に在るコンタクトの質を深める観点をもたらしました。


1966年にエサレンに来訪したアレキサンダー・ローエンは、感情の抑圧が呼吸の抑制や筋肉の緊張と結びつくことを説いた心理学者ウイリヘルム・ライヒ(ボディワークの父ともよばれる)の弟子でもあり、筋緊張の解放と感情の関係性についてエサレン®ボディワークに洞察をもたらしました


そして、ヨガ・気功・瞑想・合気道・禅等の東洋的な身体技法に加え、モーシェ・フェルデンクライスによる身体メソッドや、ガブリエル・ロスのダンスワーク、マリア・ルシアによるエナジーワーク、あるいは、アート、シャーマニズム等も、エサレン®ボディワークへと融合していきました。そのスタイルは、基本的に施術者の個性にゆだねられますが、ゆっくりとした瞑想的な動き、波のリズム、呼吸、今・ここの気づき、あるがままの尊重、全身のつながり、プロセスへの信頼など・・・の基本哲学が実践を通じて共有されていきます。


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関西認定コース 講習風景(マタニティのクラス)
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モデルとなってくださった妊婦さん達と一緒に集合写真


ビッグサーの海から私たちの海へ


1999年、エサレン®ボディワークの認定コースの一環として、私がエサレン研究所に初めて訪れてから23年がたちます。エサレン®ボディワーカーとして施術を積み重ねつつ、振り返れば、国内でのエサレン関係のワークショップのコーディネートや、認定コースのオーガナイズを主宰し、エサレン研究所にも10回程訪れる中、そういえば、夫と出会ったのもかの地です。また、2011年にエサレンの、やわらかで気づきあるタッチを対人援助の現場に伝えたいと願い、NPO法人タッチケア支援センターを設立しました。何かとご縁のつながるエサレンについて綴らせていただけることに、あらためて感謝申し上げます。


最後に、私が実際にエサレン研究所で滞在した時の体験をシェアしたいと思います。すでに、最盛期の潮流の残り香は感じられませんでしたが、ビッグサーの自然は当時と変わってはいなかったのでしょう。


初めて訪れた1999年。1週間のエサレンでの日々は、太平洋の波の音を聴き、海を臨む露天風呂に浸かった後、本場のエサレン®ボディワークを何度も受け、自家製のオーガニック野菜のお料理を三食いただき、朝はヨガやダンスや瞑想、講習では仲間と触れ合い、散歩では木々や草花を感じる・・・という贅沢な日々でした。最終日の頃には、からだは驚くほど軽くなり、意識が広がっていくのを実感しました。それまで半径 2m程しか感じられなかった身体の周辺が、20メートルぐらいまでクリアに感じるような感覚です。


2003年の2度目の滞在は、施術者としてある程度安定してきた時期だったのですが、あの時訪れたエサレンで圧倒的な感動を覚えたのは、あのビッグサーの波の音でした。それは、私にとって深い郷愁そのものでした。波の音と、私自身の呼吸と鼓動と、ありとあらゆる体の中の“ゆらぎ”が、からだの深部で共振しあうのを感じる瞬間があったのです。その時、まるで、私をこえた大いなる存在と共振し、調和していくかのような感覚に包まれ、ハートが広がり、横隔膜が震えだし、涙がとまりませんでした。


かつて何名かのエサレンの師によって、こう聞かされたことがあります。

『エサレン®ボディーワークを創造したのは太平洋の“海”なのよ』

その言葉は、私を深く納得させました。

また、このような言葉もよく聞いたものです。

『エサレンは、泣くためにある場所なのよ…』


波の音に包まれる広大な空の下、草むらでうずくまり、お腹から溢れゆく感情の解放。それを許してくれる空間。「何が起きていても、それを抑圧せず、信頼して、その体験に空間を与える」という、ディック・プライスが残した言葉を振り返ります。安全な空間と、一人一人の癒しのプロセスを見守る奥行のある視点。人・社会・自然が一体となり成長してきたエサレンのビジョンは、デジタル社会との共存があたりまえとなった60年目を迎える現在も、探求が続きます。


ビッグサーの海とわたし達の海は、同じ海としてつながっています。日本は美しい海に囲まれ、最高品質の温泉があり、川があり、山があり、森があります。近代化、工業化、デジタル化したことで切り離された私達のこころと身体、そして、自然とのつながりを回復するために、エサレン研究所のような空間は日本にも求められますが、そこにはソマティックな心理学や哲学が必要とされていくのでしょう。



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【参考資料】


『エスリンとアメリカの覚醒―人間の可能性への挑戦―』

(誠信書房 1998年 W.T.アンダーソン著 伊藤博 訳)

『多次元に生きるー人間の可能性を求めてー』

(コスモスライブラリー 2010年  オルダス・ハクスリー著 片桐ユズル訳

『ソマティック心理学』

(春秋社 2011年 久保隆司著)

『センサリー・アウェアネス ―つながりに目覚めるワークー』

(ビイング・ネット・ブレス 2014年 シャーロット・セルバー著 齊藤由香訳)

『ハンナソマティックスー身体感覚を取り戻すー』

(BAB JAPAN 2013年 平澤昌子著)

いのちを考えるヒーリングマガジン“地球人” No.11(2008年)

特集“ボディワーク”


エサレン研究所(Esalen Institute)HP

https://www.esalen.org/


NPO法人タッチケア支援センター HP

https://touchcaresupport.com/


【お知らせ】

*エサレン研究所のことを語りつくした”ホリスティックな身体観とsoma"オンライン講座、後日視聴できます。

*エサレンのエッセンス、タッチケアに凝縮。オンラインで学べる「こころにやさしいタッチケア基礎講座 」5月16日に開講。

*エサレン®ボディワークをアレンジした、ボディワークとヒーリングの融合、Touch in Grace講座は東京と関西で5月に開催。(東京 5月7&8日残席2名) (関西 5月21&22日)

*中川れい子個人セッション、2022年メニューはこちら




by reiko-koyago | 2022-04-08 14:18