2009年 05月 25日
神戸アンマ2009 無事終了いたしました。
5月22、23日、インフルエンザ騒動で、イベント開催があやぶまれているようなうわさもたちましたが、2009年、アンマ来日、神戸プログラム、両日とも開催し、おかげをもちまして無事終了いたしました。
今年は、おとどし開催した会場と同じだし、ボランティアをやる我々も、だいぶん、なれてきたので、例年より楽かと思いきや・・・。いえいえ、毎年、新しい試練が、用意されております^^。
5月16日、やっとの思いで、神戸新聞文化欄に、小さな告知記事を載せていただけた、その同じ朝刊の一面に、
『神戸でインフルエンザ感染患者』の記事。。。。
その日は、アースデイ神戸で、ビラまきだったのですが、会場前には、インフルエンザ対策をという警告のビラが・・・。そして、翌日のアースデイも、神戸祭りも、中止となったのです!
神戸での、あいつぐ、イベントの中止・・・。
学校は、休校へ・・・。
行くかう、マスクをつけた人々の群れ・・・。
それは、私の目には、まるで、神戸の町に、
アンマの強烈な愛の光が注がれたがゆえの、
アレルギー反応が起きているかのように、見えました。
もちろん、アンマは、そんなことは、すべてお見通しだったのでしょう。
この地上の大勢の人々が、いまだ、愛にアレルギー反応を起こすことを・・・。
たんたんと、怯むことなく、神戸から始まる、アンマのワールドツアーの準備が
なされました。
実際、私も、この一週間、身体が何度もかぁーと熱くなり、
もしかして、発熱?インフルエンザ感染では?と、思ったこともありましたが、
でも、熱はなく、身体も重くはありません。
むしろ、思考は冴え、身体も軽くなっていきました。
あぁ、アンマの光が、ここに注がれているんだ、
おそらく、例年よりも、強烈に!
今年、来場してくださった皆様には、ほんとうに、心から感謝です!
また、全国から駆けつけてくださったボランティアの皆様にも・・・。
だって、この時期に、神戸に行ったと言ったら、職場や、学校で
何を言われるか、わかったもんじゃありませんから!
圧力に屈せず、勇気をもってのご参加、ご協力に、
心から感謝です。
(期間中は、ばたばたしてて、ろくに、ご挨拶もできなくて、ほんとうに、ごめんなさい!)
全体の来場者数は、もちろん、例年より少なめでしたが、
アンマは、まるでそれをわかっておられたかのように、
ゆっくりと、ゆったりと、一期一会をいつくしむかのように、
ダルシャン(抱擁)をくださいました。
今年のアンマプログラム神戸会場は、
世界一、お得なダルシャン会場となったようで
おだやかなエナジーにつつまれたように感じます。
★
今年、私は、神戸プログラムの、世話役の一人となりました。
プログラムの数日前に、
東京在住の、アメリカ人の、アンマのお弟子の
シャンタジさんから電話があって、
プログラム中での、ボランティア代表のスピーチを
やってほしいと、頼まれました・・・。
ダルシャンラインのシフト表をつくったり、
メンバーの人に連絡とったりと、ばたばた忙しくしてる中、
急いで原稿を書いて、できあがったのは前日のお昼でした・・・。
まるで、どこかから、何かに書かされているかのように、
原稿がいつのまにか、出来上がっていました。
その翌日には、アンマのお隣に座らされて、
それを、読み上げておりました。
なんとも、不思議な体験です・・・。
★
記念に、その原稿を残しておきます。
私は、明日、東京にいき、2日目午後からのプログラムに、参加してきます。
東京は、品川ステラホームです・・・。
東京の、お友達の皆様、もし、会場で出会えたら、
お声をかけてくださいね^^。
愛とありったけの感謝をこめて
★
親愛なる来場者の皆様
そして、今年もまた神戸に訪れ、慈悲深く忍耐強く、私たちを導いてくださる、アンマ・・・。
こんばんは。
私は、アンマ来日、神戸プログラムに、三年前からボランティア参加させていただいてます、中川玲子と申します。今回、大変僭越ながら、大勢のボランティアの皆様の中から、スピーチの大任をいただいて、ただいま、大変緊張しております。
私が初めてアンマにお会いしたのは、2005年の5月の東京プログラムでのことです。大勢の方がそうであるように、私もまた、何かに導かれるかのようにそこにたどりつきました。それから数ヶ月たち、同じプログラムで、やはり、初めてアンマに導かれた西宮の武村さんご夫妻とも出会い、武村さんのご尽力で、2007年5月、アンマを、私たちにとって大切な町、神戸にお招きする運びとなりました。今から振り返ると、ほんとうに、何もかもが必然で、アンマが神戸にいらっしゃることは、天の計らいであるように、感じられてなりません。
私は、三年前から、ボランティアとして参加し、とくに、アンマのダルシャンを待つ方たちの並ぶ、ラインの整備のお手伝いをさせていただいています。
皆様もよく御存知でしょうが、アンマのダルシャンは、ほんとうに聖なるものだと、私は痛感いたします。アンマの抱擁は、あたたかい生身の身体が触れ合うことで、すべての人々の中に、血の通う生命の尊厳が宿ることを教えてくださいます。そして、絶え間なく、すべての方たちを抱きしめることで、すべての人が等しく天から愛されていることも、教えてくれます。
その一瞬も休まずに、抱きしめつづけるお姿を、真近で見ていると、まさに、湧きいずる泉から、こんこんと水があふれ、そして、川となって流れいくかのように見えます。
アンマという、おおいなる愛の源泉からあふれる水・・。その水の流れが、スムーズに、隅々にまで、流れていくのをお手伝いするのが、私たちの仕事です。
とどこおらず、よどみなく、たんたんと、あふれ、流れて、広がっていく愛の川。。。その流れを妨げないためには、どうすればいいのか? 私はふと、その川の流れをとどめようとする、「石ころ」のようなものを感じました。それは、私たちの心の中に、ごつごつところがる、「エゴの石」です。欲望・執着・嫉妬・闘争・・・。アンマのボランティアをしていると、そういう石ころが、自分の心の中で、ごつごつと音をたてて、流れる水をせきとめようとしているのが、時折、感じられます。それに気がついたとき、私は、自分の未熟さが悲しくなりました。あれほどに美しく、絶え間なく流れる、アンマの愛の川が、あるがままに、そのままに、広く隅々にまで、届けられるには、どうすればいいのだろうかと、いろいろと、思い悩みました。
3年のボランティア生活の中で、じょじょにその「コツ」がわかりかけてきました。それは、「手放して、ゆだね、受け入れ、愛する」ことなんだと・・・。そういう体験を繰り返す中、少しずつ、心の中の石ころが、小さく砕かれていくのが感じられました。あぁ、アンマは、こうやって、ボランティア活動を通して、一人一人を導いてくださっているのだなぁと、気づいたとき、不出来な弟子に対する、アンマの慈悲深さ、忍耐深さに、ただ、ただ、感謝でいっぱいになり、胸が熱くなりました。
と、同時に、アンマご自身が、欲望・執着・嫉妬といったエゴの石でせきとめられていない、さらさらと流れる清流そのものなのだということに、気づかされます。アンマが、一日に数百人、数千人と抱きしめ続ける中、ただの一度も、嫌な顔をしておられるのを、私は、見たことがありません。ずっと止まらない、よどみのない動きで、富める人も、貧しい人も、すべての人を、平等の愛と無執着の心もって抱擁されているのが、よくわかります。アンマを見ていると、愛は、無限に湧きいでて、すべての人に注がれるものであり、石油のように、奪いあう必要のないものだということが、とてもよく理解できるのです。
さて、アンマがこの神戸を訪問地として選んでくださった理由の一つに、あの14年前の阪神・淡路大震災があると私は感じています。私はあの日、西宮の自宅で被災しました。1995年1月17日、午前5時46分。おそらく、あの大地の激しい揺れを、私は一生忘れないことでしょう。ほんの数秒、地球が揺れただけで、私の部屋も、我が家も、そして、近所の周囲すべてが、様変わりしていました。全壊してぺしゃんこになった家、おしつぶされて亡くなったご近所の人たち、倒壊したビルディング、周囲に立ち上がる火事の不穏な煙・・・。日常とは程とおい、悲惨な風景がそこにあり、恐怖と悲しみで、心が押しつぶされそうになりました。
地球にすれば、ちょっと、くしゃみをしたぐらいの揺れだったのかもしれません。たった、それだけで、昨日の現実は、もう、目の前には、ありません。ちょっと地球が揺れただけで、あっというまに、木っ端微塵に壊れてしまいます。私たちは、日常では忘れてしまっていた、大自然の脅威、地球の力をあらためて思いしらされました。
この原稿を作成しているとき、シャンタジさんから、「人と自然」という本の中にあるアンマのお言葉を教えていただきました。これは、アンマのインドのアシュラムも大被害を受けた、インドネシア沖津波の10年前に語られたお言葉です。
「私たちの生活の質は、大幅に低下してしまいました。多くの人が信仰を失い、愛も思いやりも持たず、全体の利益を考えて手に手をとって協力して働くチーム精神も消えてしまいました。これでは、大自然に悪影響となります。大自然は、祝福をすべて引き揚げて、人間に反するようになります。人間がこんな調子でいれば、大自然がどんな反応をするか、想像を絶するものがあるでしょう。」
私たちは、あの大震災の体験を通じて、そのことを身をもって感じたといえるでしょう。
私たちの意識や行いは、常に、密接に地球や大自然とつながりあっている・・・。このことをしっかりと受け止め、そして、後生にまで伝えることが出来るなら、あのとき、大勢の犠牲になった人たちの御魂にも、少しは報いることができるかもしれないと、私はおもいます。アンマが、世界中からの招待を受けながら、あえて、神戸を訪問地として選んでくださるのも、ここに暮らす私たちに、それを伝え、導くためではないかと、思えてなりません。
今回、世界中でインフルエンザが蔓延したことで、この神戸にも広がり、大きな不安と動揺が走りました。感染を最小限にくいとめるための努力は、とても大切だとは思います。と、同時に、今回のことで私が感じたことは、なによりも、あぁ、世界中、みんな、同じ空気を吸って生きているんだなぁ・・・という、当たり前の事実の再発見でした。地球の観点からすれば、水も空気も大地も、すべて、つながりあっています。人間の力で、それをせき止めようとすることの難しさを、今回、しみじみと感じました。今こそ、私たちは、謙虚に、全体の一部であり、つながりあっていることに、目をつぶらずに受け止めることが、必要なのではないかと、ここ数日、思いをめぐらしておりました。インフルエンザも恐ろしいですが、つながりを忘れてしまった社会もまた、恐ろしいと思います。そのことをしっかりと見据えて、今回の問題にむきあっていきたいと、プログラム開催にあたり、思いめぐらしました。
そして、おそらく、そのことへの理解を深めることこそが、今日、私たちが求めるべき霊性の向上ではないでしょうか。ここでまた、シャンタジさんが、アンマの美しい言葉を紹介してくださいましたので、引用したいと思います。
『真我(アートマン)を悟って、身体を超越した魂には、一切の「相違」は存在しない。そんな魂には、すべては一つの「普遍意識」の一部であって、あらゆるものが、「ひとつながり」であると、はっきり見え、一つも別個の存在はなく、すべては全体者の部分を形作っているのだとわかる。その境地の中では、あなたは、どこででも、あらゆるものの内に自分自身を体験する。・・・こちらにも、あちらにも、、上にも、下にも、どこを向いても、醜いものも、美しいものの内にも・・・。そういう魂は、どこを向いても、見えるのはそこに既にあった自分自身の真我だけ。その人は、いつも存在していて、不在ではありえない・・・』
なんとも、崇高な境地のお言葉であり、ただ、ひれ付するばかりでありますが、こうした境地に、ほんの少しでも近づくために、私達のボランティア活動があるのだと、最近、思えてまいりました。
毎年、アンマがいらっしゃる直前は、やらなければいけない仕事が、集中豪雨のように、天から降り注いできます。あんまり忙しいので、何も考えずに、ただ無心に、それをこなしていきます。考える暇がないのです! そうやっているうちに、はっと気づきました。
もう、私の中で、それが、自分のためなのか、アンマのためなのか、みんなのためなのか、社会のためなのか、区別がつかなくなってしまっているのです。もう、そんなことを、考えることすら、億劫なのです。そうなったとき、私の心はふっと、軽くなりました。なんだぁ、みんな、つながっているのだから、結局は、どれも、同じなんだ、循環してるんだ。分けて考えることで、いかに、私は、心のエネルギーを消耗させていたのかが、よくわかりました。
そんな気づきを得たときに、ふっと、私は、アンマのことを思いました。
あぁ、アンマは、一人ひとりを、絶え間なく、抱きしめ続けることで、自分自身のおこなっている努力が、常に、世界全体のためになっているのだと、わかってやっておられるのだなぁ・・・。アンマは、すべての存在、すべての人達の中に、アンマご自身をご覧になってるのだなぁ・・・と・・・。
そして、私は、こんな夢を思い描きました。
いつの日か、心の中の石ころが小さく磨かれて、さらさらとした砂となり、水の中にまざりあい、そして、みんなが、すべての人の内側にあるアンマを見つめて、愛と理解をもって、平和に暮らす日が訪れることを・・・。
普段は、遠く離れておられますが、アンマ、いつもいつも、ほんとうに、私たちを導いてくださって、ありがとうございます。そして、今年もまた、神戸の街にも、やってきてくださって、本当にありがとうございます。神戸が、アンマの愛の川の流れる、一つの大きな分水嶺として成長していきますように、あるいは、愛の川の注がれる、愛あふれる港となりますように・・・。どうか、お導きください。心からの愛と祈りをこめて・・・。長い時間、ご清聴ありがとうございました。
(2009年、アンマ来日プログラム 神戸 5月22日 午後)

今年は、おとどし開催した会場と同じだし、ボランティアをやる我々も、だいぶん、なれてきたので、例年より楽かと思いきや・・・。いえいえ、毎年、新しい試練が、用意されております^^。
5月16日、やっとの思いで、神戸新聞文化欄に、小さな告知記事を載せていただけた、その同じ朝刊の一面に、
『神戸でインフルエンザ感染患者』の記事。。。。
その日は、アースデイ神戸で、ビラまきだったのですが、会場前には、インフルエンザ対策をという警告のビラが・・・。そして、翌日のアースデイも、神戸祭りも、中止となったのです!
神戸での、あいつぐ、イベントの中止・・・。
学校は、休校へ・・・。
行くかう、マスクをつけた人々の群れ・・・。
それは、私の目には、まるで、神戸の町に、
アンマの強烈な愛の光が注がれたがゆえの、
アレルギー反応が起きているかのように、見えました。
もちろん、アンマは、そんなことは、すべてお見通しだったのでしょう。
この地上の大勢の人々が、いまだ、愛にアレルギー反応を起こすことを・・・。
たんたんと、怯むことなく、神戸から始まる、アンマのワールドツアーの準備が
なされました。
実際、私も、この一週間、身体が何度もかぁーと熱くなり、
もしかして、発熱?インフルエンザ感染では?と、思ったこともありましたが、
でも、熱はなく、身体も重くはありません。
むしろ、思考は冴え、身体も軽くなっていきました。
あぁ、アンマの光が、ここに注がれているんだ、
おそらく、例年よりも、強烈に!
今年、来場してくださった皆様には、ほんとうに、心から感謝です!
また、全国から駆けつけてくださったボランティアの皆様にも・・・。
だって、この時期に、神戸に行ったと言ったら、職場や、学校で
何を言われるか、わかったもんじゃありませんから!
圧力に屈せず、勇気をもってのご参加、ご協力に、
心から感謝です。
(期間中は、ばたばたしてて、ろくに、ご挨拶もできなくて、ほんとうに、ごめんなさい!)
全体の来場者数は、もちろん、例年より少なめでしたが、
アンマは、まるでそれをわかっておられたかのように、
ゆっくりと、ゆったりと、一期一会をいつくしむかのように、
ダルシャン(抱擁)をくださいました。
今年のアンマプログラム神戸会場は、
世界一、お得なダルシャン会場となったようで
おだやかなエナジーにつつまれたように感じます。
★
今年、私は、神戸プログラムの、世話役の一人となりました。
プログラムの数日前に、
東京在住の、アメリカ人の、アンマのお弟子の
シャンタジさんから電話があって、
プログラム中での、ボランティア代表のスピーチを
やってほしいと、頼まれました・・・。
ダルシャンラインのシフト表をつくったり、
メンバーの人に連絡とったりと、ばたばた忙しくしてる中、
急いで原稿を書いて、できあがったのは前日のお昼でした・・・。
まるで、どこかから、何かに書かされているかのように、
原稿がいつのまにか、出来上がっていました。
その翌日には、アンマのお隣に座らされて、
それを、読み上げておりました。
なんとも、不思議な体験です・・・。
★
記念に、その原稿を残しておきます。
私は、明日、東京にいき、2日目午後からのプログラムに、参加してきます。
東京は、品川ステラホームです・・・。
東京の、お友達の皆様、もし、会場で出会えたら、
お声をかけてくださいね^^。
愛とありったけの感謝をこめて
★
親愛なる来場者の皆様
そして、今年もまた神戸に訪れ、慈悲深く忍耐強く、私たちを導いてくださる、アンマ・・・。
こんばんは。
私は、アンマ来日、神戸プログラムに、三年前からボランティア参加させていただいてます、中川玲子と申します。今回、大変僭越ながら、大勢のボランティアの皆様の中から、スピーチの大任をいただいて、ただいま、大変緊張しております。
私が初めてアンマにお会いしたのは、2005年の5月の東京プログラムでのことです。大勢の方がそうであるように、私もまた、何かに導かれるかのようにそこにたどりつきました。それから数ヶ月たち、同じプログラムで、やはり、初めてアンマに導かれた西宮の武村さんご夫妻とも出会い、武村さんのご尽力で、2007年5月、アンマを、私たちにとって大切な町、神戸にお招きする運びとなりました。今から振り返ると、ほんとうに、何もかもが必然で、アンマが神戸にいらっしゃることは、天の計らいであるように、感じられてなりません。
私は、三年前から、ボランティアとして参加し、とくに、アンマのダルシャンを待つ方たちの並ぶ、ラインの整備のお手伝いをさせていただいています。
皆様もよく御存知でしょうが、アンマのダルシャンは、ほんとうに聖なるものだと、私は痛感いたします。アンマの抱擁は、あたたかい生身の身体が触れ合うことで、すべての人々の中に、血の通う生命の尊厳が宿ることを教えてくださいます。そして、絶え間なく、すべての方たちを抱きしめることで、すべての人が等しく天から愛されていることも、教えてくれます。
その一瞬も休まずに、抱きしめつづけるお姿を、真近で見ていると、まさに、湧きいずる泉から、こんこんと水があふれ、そして、川となって流れいくかのように見えます。
アンマという、おおいなる愛の源泉からあふれる水・・。その水の流れが、スムーズに、隅々にまで、流れていくのをお手伝いするのが、私たちの仕事です。
とどこおらず、よどみなく、たんたんと、あふれ、流れて、広がっていく愛の川。。。その流れを妨げないためには、どうすればいいのか? 私はふと、その川の流れをとどめようとする、「石ころ」のようなものを感じました。それは、私たちの心の中に、ごつごつところがる、「エゴの石」です。欲望・執着・嫉妬・闘争・・・。アンマのボランティアをしていると、そういう石ころが、自分の心の中で、ごつごつと音をたてて、流れる水をせきとめようとしているのが、時折、感じられます。それに気がついたとき、私は、自分の未熟さが悲しくなりました。あれほどに美しく、絶え間なく流れる、アンマの愛の川が、あるがままに、そのままに、広く隅々にまで、届けられるには、どうすればいいのだろうかと、いろいろと、思い悩みました。
3年のボランティア生活の中で、じょじょにその「コツ」がわかりかけてきました。それは、「手放して、ゆだね、受け入れ、愛する」ことなんだと・・・。そういう体験を繰り返す中、少しずつ、心の中の石ころが、小さく砕かれていくのが感じられました。あぁ、アンマは、こうやって、ボランティア活動を通して、一人一人を導いてくださっているのだなぁと、気づいたとき、不出来な弟子に対する、アンマの慈悲深さ、忍耐深さに、ただ、ただ、感謝でいっぱいになり、胸が熱くなりました。
と、同時に、アンマご自身が、欲望・執着・嫉妬といったエゴの石でせきとめられていない、さらさらと流れる清流そのものなのだということに、気づかされます。アンマが、一日に数百人、数千人と抱きしめ続ける中、ただの一度も、嫌な顔をしておられるのを、私は、見たことがありません。ずっと止まらない、よどみのない動きで、富める人も、貧しい人も、すべての人を、平等の愛と無執着の心もって抱擁されているのが、よくわかります。アンマを見ていると、愛は、無限に湧きいでて、すべての人に注がれるものであり、石油のように、奪いあう必要のないものだということが、とてもよく理解できるのです。
さて、アンマがこの神戸を訪問地として選んでくださった理由の一つに、あの14年前の阪神・淡路大震災があると私は感じています。私はあの日、西宮の自宅で被災しました。1995年1月17日、午前5時46分。おそらく、あの大地の激しい揺れを、私は一生忘れないことでしょう。ほんの数秒、地球が揺れただけで、私の部屋も、我が家も、そして、近所の周囲すべてが、様変わりしていました。全壊してぺしゃんこになった家、おしつぶされて亡くなったご近所の人たち、倒壊したビルディング、周囲に立ち上がる火事の不穏な煙・・・。日常とは程とおい、悲惨な風景がそこにあり、恐怖と悲しみで、心が押しつぶされそうになりました。
地球にすれば、ちょっと、くしゃみをしたぐらいの揺れだったのかもしれません。たった、それだけで、昨日の現実は、もう、目の前には、ありません。ちょっと地球が揺れただけで、あっというまに、木っ端微塵に壊れてしまいます。私たちは、日常では忘れてしまっていた、大自然の脅威、地球の力をあらためて思いしらされました。
この原稿を作成しているとき、シャンタジさんから、「人と自然」という本の中にあるアンマのお言葉を教えていただきました。これは、アンマのインドのアシュラムも大被害を受けた、インドネシア沖津波の10年前に語られたお言葉です。
「私たちの生活の質は、大幅に低下してしまいました。多くの人が信仰を失い、愛も思いやりも持たず、全体の利益を考えて手に手をとって協力して働くチーム精神も消えてしまいました。これでは、大自然に悪影響となります。大自然は、祝福をすべて引き揚げて、人間に反するようになります。人間がこんな調子でいれば、大自然がどんな反応をするか、想像を絶するものがあるでしょう。」
私たちは、あの大震災の体験を通じて、そのことを身をもって感じたといえるでしょう。
私たちの意識や行いは、常に、密接に地球や大自然とつながりあっている・・・。このことをしっかりと受け止め、そして、後生にまで伝えることが出来るなら、あのとき、大勢の犠牲になった人たちの御魂にも、少しは報いることができるかもしれないと、私はおもいます。アンマが、世界中からの招待を受けながら、あえて、神戸を訪問地として選んでくださるのも、ここに暮らす私たちに、それを伝え、導くためではないかと、思えてなりません。
今回、世界中でインフルエンザが蔓延したことで、この神戸にも広がり、大きな不安と動揺が走りました。感染を最小限にくいとめるための努力は、とても大切だとは思います。と、同時に、今回のことで私が感じたことは、なによりも、あぁ、世界中、みんな、同じ空気を吸って生きているんだなぁ・・・という、当たり前の事実の再発見でした。地球の観点からすれば、水も空気も大地も、すべて、つながりあっています。人間の力で、それをせき止めようとすることの難しさを、今回、しみじみと感じました。今こそ、私たちは、謙虚に、全体の一部であり、つながりあっていることに、目をつぶらずに受け止めることが、必要なのではないかと、ここ数日、思いをめぐらしておりました。インフルエンザも恐ろしいですが、つながりを忘れてしまった社会もまた、恐ろしいと思います。そのことをしっかりと見据えて、今回の問題にむきあっていきたいと、プログラム開催にあたり、思いめぐらしました。
そして、おそらく、そのことへの理解を深めることこそが、今日、私たちが求めるべき霊性の向上ではないでしょうか。ここでまた、シャンタジさんが、アンマの美しい言葉を紹介してくださいましたので、引用したいと思います。
『真我(アートマン)を悟って、身体を超越した魂には、一切の「相違」は存在しない。そんな魂には、すべては一つの「普遍意識」の一部であって、あらゆるものが、「ひとつながり」であると、はっきり見え、一つも別個の存在はなく、すべては全体者の部分を形作っているのだとわかる。その境地の中では、あなたは、どこででも、あらゆるものの内に自分自身を体験する。・・・こちらにも、あちらにも、、上にも、下にも、どこを向いても、醜いものも、美しいものの内にも・・・。そういう魂は、どこを向いても、見えるのはそこに既にあった自分自身の真我だけ。その人は、いつも存在していて、不在ではありえない・・・』
なんとも、崇高な境地のお言葉であり、ただ、ひれ付するばかりでありますが、こうした境地に、ほんの少しでも近づくために、私達のボランティア活動があるのだと、最近、思えてまいりました。
毎年、アンマがいらっしゃる直前は、やらなければいけない仕事が、集中豪雨のように、天から降り注いできます。あんまり忙しいので、何も考えずに、ただ無心に、それをこなしていきます。考える暇がないのです! そうやっているうちに、はっと気づきました。
もう、私の中で、それが、自分のためなのか、アンマのためなのか、みんなのためなのか、社会のためなのか、区別がつかなくなってしまっているのです。もう、そんなことを、考えることすら、億劫なのです。そうなったとき、私の心はふっと、軽くなりました。なんだぁ、みんな、つながっているのだから、結局は、どれも、同じなんだ、循環してるんだ。分けて考えることで、いかに、私は、心のエネルギーを消耗させていたのかが、よくわかりました。
そんな気づきを得たときに、ふっと、私は、アンマのことを思いました。
あぁ、アンマは、一人ひとりを、絶え間なく、抱きしめ続けることで、自分自身のおこなっている努力が、常に、世界全体のためになっているのだと、わかってやっておられるのだなぁ・・・。アンマは、すべての存在、すべての人達の中に、アンマご自身をご覧になってるのだなぁ・・・と・・・。
そして、私は、こんな夢を思い描きました。
いつの日か、心の中の石ころが小さく磨かれて、さらさらとした砂となり、水の中にまざりあい、そして、みんなが、すべての人の内側にあるアンマを見つめて、愛と理解をもって、平和に暮らす日が訪れることを・・・。
普段は、遠く離れておられますが、アンマ、いつもいつも、ほんとうに、私たちを導いてくださって、ありがとうございます。そして、今年もまた、神戸の街にも、やってきてくださって、本当にありがとうございます。神戸が、アンマの愛の川の流れる、一つの大きな分水嶺として成長していきますように、あるいは、愛の川の注がれる、愛あふれる港となりますように・・・。どうか、お導きください。心からの愛と祈りをこめて・・・。長い時間、ご清聴ありがとうございました。
(2009年、アンマ来日プログラム 神戸 5月22日 午後)

by reiko-koyago
| 2009-05-25 17:36

