レイライン通信 ~ 光の循環 / amana space からのメッセージ~ ~      

映画『精神』を観ました。

ぽっかりあいた、何もない日の日曜日。
こういう日は、映画を見に行こう!と、新聞で話題のドキュメンタリー映画、『精神』を、十三の第七藝術劇場で観てきました。

これです。
http://www.laboratoryx.us/mentaljp/index.php


朝日新聞で、なんどか、話題になってて、見たくなりました。
精神科の診療所に通う統合失調症やそううつ病の患者さんの生活を追ったドキュメンタリー映画であるという話題性以上に、そこに登場する患者さんたちに、「モザイク」をつけていないという報道上でのテーマで、話題になった映画です。


はっきりいって、重たい映画です。
でも、私には、映画に登場する方たちに、
日常の気配も、感じられました。
私にとって、懐かしい人たちに、
とてもよく似てるからです。




  いわゆる健常者と精神障害者の間には見えないカーテンで遮られて、
  多くの健常者はそのむこう側の精神病患者を自分とは無関係と考え、
  見ようとはしない。
  しかし、閉塞感や孤独感を抱える現代人にとり、心の病は身近な問題のはず。
  私はカメラの力でカーテンを取り外し、精神病患者の世界を虚心に見つめたかった。
  モザイクをかけ、顔が見えなくなると、一人の人間ではなく「精神病患者」という記号に
  なってしまう。
  それは、患者さんを社会から隔離してタブー視することになり、偏見や差別を
  拡大再生産すると考えたからです。
   

           (『精神』 映画監督、想田和弘   朝日新聞掲載記事より)


この、「カーテンの向こう側」という言葉には、面白い意味があると思い、ちょっと、分けて考えてみました。


  ① カーテンを、閉じたくても、閉じれない人たち (当事者や家族)
  ② カーテンを、開けたり、閉じたりできる人たち  (治療者や支援者、あるいは観察者)
  ③ カーテンを、閉めたきり、決して、開けない人たち  (一般ピープル?)


①になりたくてなる人は、ほとんどいないでしょう。かといって、なりたくなくて、ならずにすむような問題ではなく、意識上ではなりたくなくても、仕方なくなってしまうのが①の領域です。家族の人たちもまた、見ざるをえないので見るけれど、できることなら、むしろ、カーテンを閉じてしまいたいと思ってしまうのが、人情ではないでしょうか。
②の人たちは、なんらかの理由で、①に引き寄せられる人たちで、おそらくは、自分の中に①的な何かを感じて、そのきわどさを意識化し、共存するために、①との程よい距離を自らの理由で必要とするのではないかと思います。
③は、①の部分など、自分の内側にあるはずがない。あったとしても、見たくもない。感じたくもない。無縁でありたい人たち。(だから、自分の中の①的な部分に、気づかないまま生きていきます)




もし、この世に、①と③の人たちだけだったら、精神病院はすべて隔離病棟となってしまい、重たい鍵は開けられることがなかったかもしれません。ナチスドイツよろしく、ガス室のようなものも、作られてしまったかもしれません。そういう意味では、②の人たちの存在は、実に大切です。
しかし、②の人たちは、つねに、①からのつきあげを受けるでしょう。たいてい、「あなたに当事者の気持ちがあわかるはずがない」というナイフで突き刺すような感情にさらされます。ずるいとも言われるでしょう。また、あまりに近い関係になりすぎて、気がついたら、自分も①となっていくことも、非常によくある話です。
そういう意味で、②であることは、楽じゃなく、そして、危険なことではあるともいえるのですが、健全な②は(というのも、変な言葉ですが)、自分の中に①があることを理解しているので、そのきわどさの中に、しっかりとグランディングできていることがあります。①と②の境目がゆるやかであればあるほど、地に足がつきます。②は修行者であり、そして、癒しを理解しようとする人たちだと思います。①から②へと移行した人も多いでしょう。


人間の心とは、いつ、いかなるときにも、壊れてしまう可能性があります。
それは、避けられないこととして訪れます。
もちろん、壊れやすい、壊れにくい、回復しやすい、回復しにくいの個人差はあるでしょうが、
壊れたときの、周囲の無理解や偏見が、さらにいっそう、心の破壊を拡大再生産し、
傷ついた人を、わけのわからないモンスターにしてしまうのだと思います。
わからない、こわい!という視線が、モンスターを生み出すのでしょう。


わからない、こわい、あっちに行け!というのは、
③の人たちの、心の映写機が投影したものではないでしょうか?
本当のモンスターは、実は、③の人たちの心の中に息をこらして
見えないようにひそんでいるのかもしれませんね。



     ★




そんなこんななことを、考えさせてくれる映画でした。
まさに、観るための映画であり、観たという実感が残り
観ることの意味にぶちあたります。
賛否両論はあるでしょうが、「考えさせてくれる映画」は、
やっぱり、いい映画だと思います。




もうすぐ、8月ですね。
暑い夏がやってきます。
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by reiko-koyago | 2009-07-27 12:02

amana space &NPO法人タッチケア支援センター代表の中川れい子(旧:こやごれーこ)メッセージブログです。お問い合わせは mail@amanaspace.com 。 HP http://www.amanaspace.com/ http://touchcaresupport.com/
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