人気ブログランキング | 話題のタグを見る

レイライン通信 - Soumya 中川れい子のメッセージ・ブログ- rayline.exblog.jp

エサレン®ボディワーカーでNPO法人タッチケア支援センター代表理事の中川れい子の個人ブログです。2003年から、癒しのこと、旅のこと、聖地巡礼、社会問題の徒然を気ままに綴り続けたブログっです。


by reiko-koyago
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
ウクライナ危機が起きてから”女性性”や“女神性”について意識を向けています(こんな大変な戦時に、呑気な夢ものがたりを・・・とも自分でも思いますが、書き残した方が良いように思うのでご容赦を。ある意味、緊急だからこそ)
今この地上で起きていることは私の目からは男性性と女性性の戦いに見えてしまうのですが、プーチンがあまりにも“男性性”の権化であるかのような役割を果たしているから? いえ「戦い」というと男性性の論理にまきこまれてしまうので、ここには男性性を癒すことも含めたほうがいいですね。溶け合い、融合すること。とにかく地球全体で”女性性”、聖なる内なる女神とのつながりを活性化しないといけないのですが、では、どうやって?
って、なんでそんなことを書きだしたかというと、さっき、友人が通訳を務める海外の女性ヒーラーさんの無料オンラインでの小さなクラスに参加した直後で。タイトルは、『女神の奇跡コース 封印を解き女性神官の聖なるパワーを解き放つ』。いかにもスピ系なネーミングですね^^。先生のイヴェッテさんは若いヒーラーさんで、エレガントな方でした。こういうタイトルのクラスに参加するのは初めてなのでちょっと新鮮でしたが、とはいえ、内容をきくと、うーん、これ、ずっとやってきたことでもあるんだよなぁと思えてきたんです。こころにやさしいタッチケア講座なんて、内なる女性性とつながるワークと言い換えても全然いいわけで(あやしいから、しませんが^^)
これは、振り返ってみると、2001年以来の私の隠れテーマでもあり続けました。
2001年。すでにエサレン®ボディワーカーとして活動を開始していましたが、その時の私に起きたことを振り返ると、ひとつの分岐点でもあります。
2001年の春、ある南米系の薬草茶を飲むワークで(知ってる人は知ってますね、まずいので二度と飲みたくありませんが^^)、激しい浄化が起きたあと、からからに軽くなった私の内側に怒涛のようなビジョンがあふれ出したのです(もともと、ビジョンを見るタイプではありません。これはこの薬草のせいですね。やばいのでこれが最初で最後でしたが)
あらわれてきたビジョンは、私がこれまでの”女性として生きた過去生”ばかり。それが走馬灯のように押し寄せてきたのです。主婦であり母であり、そして中世ドイツの修道女であり。なんというのか、それはもう、抑圧と悲しみと痛みの集合体でした。修道女の時は、がりがりに痩せてただひたすらに神に奉仕をしていた。冷たい石の教会の中で。冷え切ったからだ。しかし、最後まで神様はあらわれなかった。。。といった。さらに、過去生はずっと過去へとさかのぼっていきました。
抑圧・恐怖・痛み・悲しみ・潜むもの・隠れるもの。。。女性の歴史はほとんどが“闇”そのものでした。さらに、私のビジョンは過去へと遡ります。過去へ過去へと遡ると、私は、小さな小さな細胞へまで戻っていきました。
さらに最後には、“宇宙の聖なる女性性”の種子が、地球に辿り着いた時までさかのぼったのです。え?女性性って、宇宙からきたの??ワオ!
ま、これは私のビジョンであり妄想にすぎないのですが、こういうビジョンは、おそらく時代の集合無意識のあらわれだったのでしょう。だから、人に語るのもお恥ずかしいので、あまり語らずにいたのですが、今回の、ウクライナ危機で、少し声に出してみようと思えてきました。
その時受け取ったのは(私が感じたのは)、こういうメッセージでした。
女性性のエネルギーは、宇宙をずっと旅する、自由でしなやかで美しいエネルギーだったのだけど、この“地球”に辿り着いたとき、このエネルギーは地球の物質の中で逆転して、裏側に入り、闇へと追いやられてしまった。。。
それでも、何度か“女神”が崇拝されてきた時代もありましたが、この数千年の間に完全に抑圧されてしまい、闇・悲しみ・痛み・怖れ・弱さ・・というネガティビティへと追いやられてしまったということなのです。
形にならない、言葉にできない、数えられない。
分離できず、あいまいで、ぼんやりしたもので証明できない。
そして、誰にも見られず、誰からも評価されず、目立たないままで一生を終えてしまう。
でも。。。
このビジョンの中で、最後に希望が聞こえてきました。
はい、でも、もう、それも、終わりますから」
21世紀に入れば、変わります。
女性性は、本来の宇宙の神聖な女神の力とつながるエネルギーとして蘇り、女性性のエネルギーが必要とされる時代がやってきます。(この時、2001年だから、まさにそのはじまりですね)
・・・という声が、私の意識の中で響いたのです。
やさしさ、柔軟さ、思いやり、慈しみ、共感。
わかちあい。そして、ハート。
武力で戦い、うばいあい、国土を守る男性原理から、
境界を乗り越えて、つながりあう女性原理へ。
平和へのメッセージとつながりあいます。
この時の体験は、もう、ほんとにへとへとになるぐらい大変だったので、このメッセージは、あたたかく、自分の胸の奥にしまうことにしました。
それから、1か月ほどして
私は、小学校の修学旅行以来、はじめて、
両親と叔母との家族旅行で、伊勢に旅立ちました。
伊勢内宮の宇治橋に立った時、涙が出そうになりました。
やっと、帰ってきたという感覚でしょうか。
不思議なめぐりあわせで、その時、志摩の伊雑宮にも訪れることができました。それ以来、伊勢にお詣りする時は、伊雑宮に必ずお詣りします。
実は、明日から、私は、伊勢に1泊2日の旅に出かけるのです!
伊勢にいくのは、5年ぶりぐらいでしょうか?
内宮・外宮のほか、古い女神の聖地を辿る予定です。
2001年から始まった「聖なる女性性の旅」
ここから、アジズ&フーマン、エサレン、アンマ・・・と、続くのですが、後編は、またあとで!
2022年。伊勢に旅立つ前に。
(写真は、関西の我が家のリビングの壁に貼られた女神たち)

# by reiko-koyago | 2022-03-05 14:13

TOUCH IN GRACE

FOR YOUR SOMA




202221日以降のお知らせ

中川れい子の個人セッション

メニューと料金を改定させていただきます。

感染症対策をとったうえで、

あらたなコンセプトで

東京と関西でご予約承ります。


エサレン®ボディワーク

& 

Touch in Grace


星 ・ 海 ・ 月 ・ 花 ・ 母 ・ 風


6つのメニューをご用意しました。




2022年のテーマは

Touch in Grace


Graceは恩寵、めぐみ。

わたしたちすべての存在に

ひとしく降り注ぐ、Grace、そして光。

うけとるのは“からだ(soma”。


今・ここで、

この、わたし達の無限の源泉に

呼吸とともにゆっくりと。

こころとからだ、自然、いのち

そして、魂の次元ともつなげて

おだやかに、ふれていきます。


ゆったりとした、波のリズムで

呼吸とともに、今・ここの気づきを通じて、

からだの神聖さへを深める

エサレン®ボディワークの、

着衣バージョンといっても良いでしょう。


どのワークも、深いリラクセーションの中

からだという神殿、そして、無意識と対話し

多様なマッサージ・テクニックを通じて

全身を丁寧にほぐすと同時に

筋・骨格系のバランスを丁寧につなげ

身体構造のつながりをサポートします。


また、今年からは音や香り、そして象徴という

癒しのツールもふんだんに使います。


ストレスや心身の疲れを癒しながら、

より自分らしいトータルな人生を歩むために

おひとりおひとりのために、

オーダーメイドでお届します。


ご予約&お問合せはこちらをクリックしてください。




≪ 星 のコース ≫


~夢・象徴・こころ・からだ・エサレン

 ・・・すべてをつなげるヒーリング・アート~


タロットと、カウンセリングと、エサレン®ボディワークという、夢・象徴・からだ・潜在意識をつなげる、中川れい子の20年以上続くセッションの醍醐味を堪能していただけるワークです。日常では意識にあがりにくい内面との対話を深め、リラクセーションととともに潜在意識の解放をもたらすワークです。タロットのあと、フットバス(足湯+αスティム)で、思考をリセット。脳内でのリラクセーションを深めます。そして、マッサージテーブルの上で、水のように流れるストロークとタッチを通じて肉体・感情体・メンタル体と丁寧に対話しながら筋骨格系・循環器系・そして、神経系を調えます。癒しと変容にコミットするトータルなヒーリングワークとして、じっくりと自分自身を癒し、新しい自分に産まれ変わるのを体感してください。ゆったりと、人生の転換期や、自分自身へのご褒美に受けていただきたいコースです。ご希望に応じて、アロマの香りもブレンドします。


料金 22000円(税こみ)

   *(お顔のフェイシャル・ヒーリング(20分)をつける場合は+2000円/施術時間は120分)

    

セッションの流れ
タロットカード・リーディング(あるいは、カウンセリング)
 約30分


フットバス(足湯)+αスティム 20

(足湯のさいに、頭蓋電気刺激療法、米国製のαースティムを使用し人体に害のない超微電流を流すことで、リラクセーションを促す機器です。脳波をアルファ派へと促し、セロトニンを誘発することが研究で明らかになり、無害で副作用もありません。また、フットバス(足湯)を行うことで、循環を高めると同時に、グランディングを促します。
詳しくはこちらのサイトをご覧ください。
 
http://resilience-j.org/ces.html
 
エサレン®ボディワーク 120分
米国カリフォルニア州、エサレン研究所で開発された、全身のオイルトリートメント。
ゆっくりとした気づきある動き、波のリズムのゆらし、呼吸への注目、筋骨格系にアプローチする立体的なマッサージテクニック、エナジーワーク等、様々なメソッドが融合された、ボディ&マインド&スピリットの統合へとむかう、リラクセーション効果の高いボディワークです。背面をゆったりと、ロングストロークでつなげながら、肩や腰・脚などの筋骨格系を、様々なマッサージテクニックを通じてほぐしていきます。前面では、フェイシャルトリートメントを含め、お顔・首・デコルテ、両腕、お腹、脚を、丁寧にほぐしながら、最後には全体をエネルギーレベルで統合していきます。

 (トータルで3時間半ほどのお時間をご予定ください)


お得な3回連続コース

3回59000円(分割可) 

*分割の場合3回目が19000円となります。

*有効期間 1年




<海のコース>


エサレン®ボディワークの波のリズムの心地よさと、

からだ全体を構造的に取り組むベーシックなボディワーク


簡単な問診のあと、足湯とアルファ・スティムでくつろいでいただき、そのあと、エサレン®ボディワークの90分のコースをゆったりとお受けください。特に、その日に施術をご希望される箇所を中心に深部までゆっくりほぐし、そして全身をつなげるようにトリートメントさせていただきます。ストレスを癒し、こりをほぐし、からだとのつながりを再生する、ベーシックなコースです。ご希望におうじて、アロマの精油もブレンドします。足湯をご希望されず、エサレン®ボディワーク 100分に変更することも可能です。


問診 10

足湯+アルファ・スティム 20

エサレン®ボディワーク 100分


料金  18000円 (消費税こみ) 

タロットカードをご希望の場合、+2000円

フェイシャル・トリートメントを加える場合は+2000円(+20分)

トータルで、2時間半ほど、お時間をご予定ください。



お得な、3回連続コース

3回で48000円(分割可 1回16000円)

*有効期間 1年

*足湯をご希望されず、エサレン®ボディワーク 100分に変更することも可能です。

*フェイシャルトリートメントをご希望の場合は、各回+2000円




< 月のコース 


~“こころ”とのかかわりを大切にした、

 着衣のままでのヒーリングワーク~


メンタルがお疲れの時や、おからだの回復期や、治療中の方におすすめの、着衣のままでの穏やかなタッチのヒーリング・ワークです。うつの回復期や、手術や大きな怪我をしたあとの回復期や、トラウマを感じていたり、ふれられるのが少し苦手な方にもおすすめできる、とても穏やかで安全な施術です。ゆっくりと、丁寧に、おからだと対話しながら、ふれながら、おからだのエネルギーを広げます。安心感と、穏やかなタッチを通じて自律神経系をととのえながら、おからだと穏やかにコンタクトとります。状況に応じて、オイルトリートメントの施術もとりいれることも可能です。がんの治療中の方、サバイバーの方には米国のオンコロジー・タッチセラピーに準じて安全に施術をご提案させていただきます。お気軽にお問合せください。


カウンセリング 20分

施術時間 60分 (身心の状態に応じて調整させていただきます)

料金 12000円(消費税こみ)

トータルで2時間ほど、お時間をご予定ください。

タロットカード 、フェイシャルトリートメント、α―スティム+足湯をご希望の場合は、+各2000円。


3回連続コース(33000円 分割可)



< 花のコース >


お顔とデコルテを中心とする上向きのトリートメント


上向きで、お顔のフェイシャルとデコルテとヘッドスパを中心とする全身のトリートメントです。上向きの状態で、肩まわりも、十分にほぐしまますので、肩こり改善にもおすすめです。また、最後には全身をつなげるように統合するので、とても充実感のあるコースです。お化粧なおしのための、化粧道具はご自身でご持参ください。


カウンセリング 15

施術時間 60

料金 12000円(消費税こみ)

トータルで2時間  

タロットカード 、α―スティム+足湯をご希望の場合は、+各2000円。


3回連続コース(33000円 分割可)


<母のコース>


~マタニティ・産前&産後のエサレン®ボディワーク>


*妊娠中4か月から8か月までの方にも、安心して受けていただく、全身のオイルトリートメントです。また、産後のお母様にも、心がほっとくつろぎ、リラックスし、痛みやストレスの改善、また、骨盤の安定などにも効果があります。


*カウンセリング20分

*施術 50分

料金 10000円(税込み) トータルで2時間

*フェイシャルトリートメント、足湯+αスティム、タロットカードをご希望の場合は+2000円。

(妊娠中の方には、足湯+αスティムは受けていただけません)




< 風のコース >


  オンライン・セッション


タロットカード・リーディング(あるいは、カウンセリング)と、セルフタッチング誘導による、遠隔ヒーリングワークをZOOMによるオンラインで、1対1でおこないます。

心の疲れを癒したい。お住まいの場所にかかわらず、全国、世界中、どちらからでも受けていただけます。頭の中を整理したい、からだを緩めることができない。不眠や不安。一人では瞑想ができない、、等、お気軽にお声かけください。


1セッション 60分 7000円(税込み)

お支払いは、paypalか銀行振込となります。





上記のセッションのお申込みフォーム

https://ws.formzu.net/fgen/S27134092/ PC スマホ)

*フォームが機能しない場合は、こちらにご連絡ください。
メール touchandhealing121gmail.com (*を@に代えてください)
電話  09019663819

【セッションをお受けくだる皆様へ】
*お熱や咳のある方、ご体調に不安のある方は、ご遠慮ください。
*心身上の問題で、特に考慮することがあれば、事前にお知らせください。
*メールでのやりとりや、当日での面談で得た個人情報は守秘義務を守ります。
*キャンセルの場合は、必ず事前にお知らせください。


中川れい子の、エサレン®ボディワーク個人セッション
このようなお悩みの方に、おすすめです。

*潜在意識とつながりたい方

*自律神経系を調え、深いリラクセーションを求める方。

*肩こりや首・背中のこり等、からだの緊張が気になる方。

*力を抜けたいと思っても、なかなか、自分ではゆるめれない方。

*筋・筋膜、骨格系をととのえ、全身のバランスと循環を高めたい方。

*こころとからだのつながり、統合感を取り戻したい方。

*エサレン®ボディワークって何?と、興味のある方。

*イライラや不眠症、ストレス等でお悩みの方。

*更年期特有のお悩みをお持ちの方。

*自分自身の可能性を広げたい方。

*本来の自分を取り戻したい方。あるいは、人生の転換期。

*自分のからだへの気づきを深めたい方。

*心身のバランスを高め、パフォーマンスを向上したい方。

*うつ・PTSD・喪失の回復期、摂食障害、不安神経症の方もお気軽にご相談ください。

*がんの既往歴のある方は、施術時にご相談ください。安全にご対応いたします。

4か月から8か月の間の妊産婦の方、産後すぐの女性の方、ご相談ください。

(心身の状態によって、施術時間を短めにすることがあります。着衣のままでの施術も可能です。

その際は、料金も調整いたしますのでお気軽にご相談ください)



中川れい子 

プロフィール



NPO法人タッチケア支援センター理事長エサレン®ボディワーク認定プラクティショナー

小さい時は、絵をかいたり、ピアノを弾いたり、子犬とたわむれるのが好きな、夢見がちの女の子でした。

思春期は、社会の様々な矛盾に心が痛みながら、なんとかしたいという思いがからまわりし、人間が五感を通じて感動するものへの関心から、大学では美学を専攻。ロックや、映画、演劇や舞踏、美術館めぐりにあけくれていました。本を読むのも大好きでした。


はやすぎる結婚。そして、離婚。人生を、どのようにすすむのか、まったくわからないとき、なにげなく、予備校や塾で日本史を教えるように。歴史探訪は、今でも、私の大切な趣味です。なんやかやと、約10年、教育産業に従事。

1995年、西宮の自宅で、阪神淡路大震災被災。

人生、ほんとうに、何がおこるかまったくわからない。そんなことを、痛感し、その後、避難所・仮設住宅でボランティア活動を行うようになりました。でも、もう、へとへとでした。まわりは、みんなへとへと。


そうした体験から「からだ」を通じての心身の癒しとサポートに関心をもち、ボディワークや心理学、各種ヒーリングを学び始めました。

ごく自然な流れで1999年、エサレン®ボディワークと出会い、その後認定プラクティショナーへ。自宅開業からはじまり施術歴は23年になります。多くの方々の個人セッションを積み重ねる中、触れることの諸相とその心身への影響について探求を深め、2003年よりタッチやボディワークに関する講座(タッチ&ヒーリング)を開講しはじめました。


エサレン研究所には、1999年から2016年の間に、合計10回訪れています。

そのうち、3回は、私自身が主宰して、御案内しました。

そして、いつのまにか、夫と出会ったのもエサレン。

不思議なご縁に導かれる地です。


メンターであるシャー・ピアス先生を中心に、エサレン関連の国内ワークショップのオーガナイズやコーディネートも企画してきました。心とからだをじっくりと癒す、リトリート。大切にしたいと思います。


さらに、エサレンのやさしい気づきのタッチを対人援助や家族間ケアにひろめたいと、2011年、NPO法人タッチケア支援センターを設立。こころと身体のつながりや、心身への気づき、関係性、そして、タッチの質感を重んじるタッチケアのあり方を追求し、その普及・教育・相談事業を展開しています。対人援助のための「こころにやさしいタッチケア」も考案しました。、「タッチとこころ」等の講座を開講。また、高齢者施設・がん患者会・うつ病の方の就労支援センター、発達障害・精神障害の方のデイサービス等でのボランティアや出張講座、産婦人科病棟での、産後の方への全身のオイルトリートメントの施術者としても活動。


コロナ禍にさいして、自分自身を大切にすることを実感していただきたいと願い、セルフケアの本をタッチケア支援センター顧問もしていただいている山口創先生に書かせていただきました。

「オトナ女子のおうちセルフケア」(秀和システム)

また、ウェブマガジン、コ2で「セルフタッチング入門ーわたしにふれるコロナ時代のセルフケアー」も、連載しています。


エサレン®ボディワーク等の個人セッションは、アマナスペース(amana space)と東京(渋谷区)で受け付けています。




2022年 中川れい子個人セッション_a0020162_17374065.jpg
関西 amana space
藁入り漆喰と自然木の
都会を忘れさせる空間です。

2022年 中川れい子個人セッション_a0020162_17391828.jpg
東京 渋谷区
最寄り駅は小田急の参宮橋と
千代田線の代々木公園
閑静な住宅街の一室です。


# by reiko-koyago | 2022-02-01 14:55

久しぶりのレイライン通信の更新です。

関西圏も再び緊急事態宣言に入りました。月末の東京行きは延期して関西での滞在期間を延ばしていますが、ちょこちょこ、エサレンの個人セッションは、感染症対策をした上でお受けしています。今日は、以前からのお客様で、数か月前にコロナ療養から復帰された方が受けてくださいました。肺炎にもなられて、入院され、様々な治療を受けられ無事回復されました。今も、アロマやハーブ、漢方薬、ホメオパシー、フラワーエッセンス等を上手に使って回復されていかれています。そこに、エサレンボディワークもということで、もちろん喜んでお受けしました。


もう、何処でも誰でもこの状況を体験する可能性があるのだと痛感します。なので、これからは感染症予防に加えて、実際に罹患したあとの回復期のケアにも力を入れていかないとと思いました。というわけで、ご本人のご了承も得て、コロナ感染症から回復された方のお身体のダメージを少しでも軽減するための、ボディワークのアプローチ法を皆さんとシェアしたいと思います。(なお、施術のさいは換気・マスク・手洗い等を丁寧に行い、通常の感染症対策と同じで、特記することはありません)


というわけで、コロナから回復されていかれる方へのボディワークについて、ちょっと自分なりにまとめてみますね。

中川れい子 エサレン®ボディワーク認定プラクティショナー NPO法人タッチケア支援センター 代表)


コロナから回復された方へのボディワーク試論 ーやっぱり呼吸が大事ー_a0020162_22162556.jpg
アマナスペースのセッションルーム

<回復後もおからだに残る問題>

➀ 隔離のストレス(あるいはトラウマ)

➁ 医療的ストレス(あるいはトラウマ)

③ コロナそのものの後遺症や薬の副作用

隔離のストレス➀ 通常の病に比べて、様々な面で過剰な精神的なストレスをかけてしまいます。過酷なストレスがかかると、人間は無意識に身体のどこかを過度に緊張させてしまいまい、お身体にそうした歪みやねじれを残してしまいます。

家族や友人と離れざるを得ないという「孤独」や、死に瀕するかもしれないという恐怖も、途方もないストレスでしょう。また、近づいてはいけない、触れてはいけないという社会的な目に見えない葛藤も、回復後にからだに残りがちです。

包むように、ささえるように、皮膚全体に滋養を提供することで、安心感や自尊感情も回復しやすく、免疫力も高まるでしょう。タッチケア全体が、こうしたストレスや不安には有効ではないでしょうか。


➁の医療的トラウマ。病床数がひっ迫していた時期ではなかったので、病院の医療者の方はとても丁寧に接してくださったとのことですが、この方の場合は6日間、ずっと点滴で身体拘束されていたのも大きなストレスでした。また、肺炎も起こしておられるので、治療中とはいえ、死への恐怖や不安も少なからずおありだったでしょう。

人は、医学的治療を受けるとき、少なからず、心と身体を、いったん切り離しがちです。肉体を科学的な物質としてみなすことで治療法は確立されるのでしょうが、たいていの治療に対して、心は実は受け入れがたいものでしょう。だから、いったん心と身体は切り離して、なんとか生死の淵を乗り越えていくわけですが、問題はその後です。切り離したものが、もとに戻るのは簡単ではありません。そして、心と身体を切り離したら、今度は身体全体もバラバラになってしまいがちです。

長年、エサレンボディワークを通じて、おそらくは数千人におよぶ方々にロングストロークを施術してきた経験がありますが、一筆書きのストロークが、すっと流れていかないときは、その方の意識の中でご自身の身体がバラバラになっている感じがするのです。からだの端から端がとても遠く感じる。あるいは、目に見えない切り傷のような亀裂が身体を分断しているかのように感じることがあります。それは、大きなストレスがショックな体験のあとの場合が多く、そういう時は、何度も丁寧につなげるようにストロークを繰り返して、からだのつながりをお身体に思い出していただくようにします(ただし、そういう時は気持ちよさを感じにくいので、ほどほどな回数にとどめておきましょう)


③ コロナの後遺症は、様々なことが報告されていますが、この方の場合は肺炎のあとの息苦しさが残ったり、ステロイドを大量に投与されていますので、その副作用も残りました。特に、自律神経系のバランスが崩れ、夜眠れない、頭痛がする等のお悩みをかかえておられました。そして、最も大きな点は、胸郭周辺の筋肉の固さです。これは、肺炎の後遺症と共に、➀➁が大きくかかわっているのでしょう。

(嗅覚・味覚障害は無かったとのことです。治療中、ずっとアロマを使っていたからかもしれないとのことでした)


<施術の着眼点 施術前>

今回、私が施術で特に着目したことは


* 呼吸

* 自律神経系

* 全身のバランス


です。

自律神経系が調わないと、呼吸が改善しません。呼吸はほとんどが無意識のもと、自律神経系と呼吸中枢が司っているからです。そして、免疫力・回復力も低下します。多大なストレスと不安と、薬の副作用等で自律神経系に乱れが生じておられるということで、セッションでは、まずはいつものように、足湯と自律神経系を調えるアルファ・スティムというデバイス(機器)を施術前に使いました。

足湯は全身の血行を促すとともに、頭寒足熱で、不安で思考が過多になりがちな頭部のエネルギーを、脚のほうに降ろしていく役割も大きいです。そして、何よりも、温かさが伝わりとっても気持ちがよく、ほっとします。

アルファスティムはCES(頭蓋電気刺激療法)の電機デバイスのアメリカの製品のひとつです。https://www.alpha-stim.com/ 疼痛やうつの治療に使われる製品ですが、概して思考過多になりがちでリラクセーションに入りにくい方にはとても良くできたデバイスです。本国は医療機器なので、無ければないで無視してください。足湯だけでもいいですし、そして、何よりも安心感と、やすらぎ、やさしく穏やかに寄り添うタッチによる皮膚への刺激ほど、副交感神経優位に導くものはありませんから。


コロナから回復された方へのボディワーク試論 ーやっぱり呼吸が大事ー_a0020162_22173418.jpg
足湯はここで。頭の後ろにクッションを置かせていただきます。


また、私は普段はアロマは使用しませんが、クライアントさんがアロマセラピストさんでらしたので、精油をご持参くださいました。

ゼラニウム、ユーカリプタス、フランキンセンス等が使われました。呼吸回復にとても良いと思います。


(回復されて数か月たっておられたので、通常の圧と時間でさせていただきましたが、回復直後の方には、圧・時間等を控えめにしたほうが良いかとも思います)

あとは、ゆっくりと、マッサージテーブルに横たわっていただきます。そして、ポジションが楽であるように、丁寧にかかわっていきます。

<呼吸にかかわる全体的アプローチ>

ここからは、ボディワーカーの方へのシェアです。呼吸にかかわるボディワークは、他にもいろいろとありますので、ここでは、エサレン®ボディワークの一例としてお伝えします。(徒手療法だけでなく、ヨガやソマティクスも有効だと思います)

私のほとんどのクライアントさんには、慢性的な肩こりが主訴です。なので、肩こり改善、ストレス改善がいつもの私の施術の中心的なテーマですが、肩こり改善のためには、全身のからだのつながり、自律神経系のバランスを調えることと、呼吸の改善は、常に大切な着眼点でした。施術は、たいてい、背面から始まります。


ー背面のロングストロークー

背面へのトリートメントの最大の目的は、副交感神経優位へと導くことにありますが、僧帽筋を中心に、菱形筋、肩甲挙筋、三角筋、小円筋、前鋸筋等、呼吸とかかわる筋肉にも、関わり始めておきます。ただ触れる、神経を緩めるゆらし(ロッキング)、しっかりと圧を桑て、深層筋にアプローチすることもあります。そして、全身へのロングストロークで、身体全身のつながりを少しずつ思い出してもらいます。

ーそして上向きへ。部分と全体ー


上向きになってからが、本格的な呼吸へのアプローチとなります。

その要となるのは、横隔膜ですが、すぐに横隔膜に触れるということは当然ながらしません。

まずは、全体を調えて、楽にマッサージテーブルに横たわっていただけるようにポジショニングを調えることから始まります。

胸・肩・腕・背中・首・・いわゆる「デコルテ」と呼ばれる部位は、多くの方が施術してほしいところですので、まず、そこからスタートすることが多いです。ここも、呼吸と大きく関係します。まずは、胸の広がりと、腕や肩、背中との連続性を思い出してもらうために、大きくストロークします。からだとは、触れられて広さを感じるだけで、ゆるんでもいいんだと内側からほどけてくるものです。

そして、背面の菱形筋や肩甲挙筋へのアプローチは、背面の時から施術していますが、実際には上向きで本格的に取り組みます。上向きのほうが、脱力していてアプローチしやすいですし、これらの筋肉は大きいのでかかわりやすいのです。そのあと、斜角筋や胸鎖乳突筋等、肋骨につながって呼吸にかかかわる、重要で繊細な筋肉に触れていきます。首の付け根の後頭下筋群から、そして、耳や頭、顔にもつなげていくと良いでしょう。

ヘッドやフェイシャルも、自律神経系を調えやすい箇所ですので、おすすめします。

デコルテ、胸郭から、両腕へとつなげていくと呼吸に広がりが出てとてもいいのですが、ここは、メインイベントとして、たいてい一番最後にとっています^^。

その前に、脚に行きます。呼吸の要、横隔膜には、脚からアプローチするのが良いからです。


ー脚と足ー

ストレスや不安によって、脚を無意識に緊張させる人は大勢おられます。膝や足首、そして、股関節。特に、股関節は、横隔膜とダイレクトに影響します(そして、股関節と膝、膝と在足首も影響しあっているので、結局は、脚全体が横隔膜とかかわっていると言えるのですが)

脚は無意識と関係しています。脚については、グラウンディング等、他にもいっぱい語りたいことがありますが、まぁ、今日はスルーして、股関節と横隔膜の関係をみてみましょう。

横隔膜からは、人間のからだの深部の中心部、いわゆるコアと呼ばれる重要筋肉「大腰筋」とつながっています。大腰筋は、そのまま骨盤の内側の筋肉の腸骨筋とつながりながら、さらに大腿骨の内側(小転子)とつながっています。だから、脚のはじまりは、横隔膜であるとボディワークでは学ぶのです。


コロナから回復された方へのボディワーク試論 ーやっぱり呼吸が大事ー_a0020162_22202056.jpg

女性は文化的に股関節を内側に閉じてしまう傾向がありますが、そうやって緊張させることで、横隔膜にも影響し、呼吸筋を緊張させてしまいがちです。

しかし、閉じたい股関節を無理やり広げるわけにはいきません。脚全体をじっくりとマッサージでゆるめてからからだと対話しつつ、ゆっくりと緊張が手放されるプロセスに伴いながら、股関節が軽く開くようなポジションをからだに促します。そうやって、股関節・腸骨筋から、大腰筋、そして横隔膜がゆっくりと緩むのを待ちます。


ー腹部 ハラ 横隔膜ー

そして、腹部へのアプローチに移ります。お腹は、内臓があり、胸郭のように肋骨で守られていないので、たいていの人は、お腹に触られるのはもっとも警戒し、よほど信頼しないと、お腹に触れられるのは怖れが伴ってしまうものですが、脚にじっくりかかわった後だと、比較的お腹は警戒心をほどき、ある程度すでに緩んでいることが多いでしょう。

やさしく、おだやかに、しっかりと、タオルの上からお腹に触れて、そして、呼吸や脈動(腹部大動脈がある)など、揺らぎを感じながら同調します。呼吸とともに、自分自身のコアと、受け手のコアが共振する、セッションの重要な場面です。

ここで急がず、立ち止まり、より深い瞑想的な意識で、ハラという身体の深部の扉を開けていただきます(でないと、横隔膜ゆるみません~)。ゆっくりと、腹部の地肌にオイルトリートメントをしていくのですが、脇腹のほうから、す~っと入っていきましょう。そして、お臍の周りを、大きく、広く、ゆっくりと時計回りにストロークしていきます。ゆっくりというのは、まさに、呼吸のリズムで・・・です。

ところで、呼吸といいますと、自分の呼吸と、受け手の方の呼吸がありますが、さて、どちらにあわすと良いのでしょうか?

まずは、自分自身の呼吸です。

そして、相手の呼吸にも意識を向けます。

すると、不思議と、二人にとってちょうどいいリズムが見つかっていきます。

自分でも、相手でもないもう一つの波のリズム現れてきます。

これが、息が合うということなのですね。

息を、合わそうとすると、たいてい遅れてしまうので、自然と息が合うのを待ちましょう。

お腹と対話をするように、探るように、じょじょに、圧が深くなっていくかもしれませんが、共鳴していると、自然と、深部にお腹は入れてくれるでしょう。

そして、お腹の広がりを、受け手の方の体に触れる手で伝えてあげてください。

広く、大きく、つながっていることを、感じてもらうのです。

それだけでも、お腹はゆるみ、横隔膜も緩んでいきます。

ここで、横隔膜や、腸骨筋へのアプローチ法を知っている方は、ここでなさると良いと思います(私は、たいていやっていますが、習熟するには時間のかかる技術だと思います)


ー胸・腕・ハートを開くー

腹から、胸へとうつっていきます。

胸、いよいよ、肺、そして、呼吸へのアプローチのクライマックスです。

胸椎から、肋骨の隙間から、肋間筋に触れていくこともありますが、女性の場合は乳房があるのであまりやりやすいワークではありませんね。

なので、胸の表層にある大胸筋は上腕骨につながっていますので、胸から腕へと、ストロークをつなげていきます。また、肘・手首・手の平や指を丁寧にほぐすことで、腕全体がリラックスし、それはそのまま、胸の緊張をほぐしていきます。

大胸筋の深部にある小胸筋も、アプローチポイントです。小胸筋は、肋骨とつながっているので、呼吸とダイレクトにつながりますし、スマホやパソコンのしすぎで肩が狭まれるように固定されるときも、小胸筋は縮みやすいです。小胸筋の付着部は、肩甲骨の内側にある小さな骨、烏口突起。ここに丁寧にアプローチするのも、呼吸の改善につながるでしょう(肩関節を動かしながらアプローチしますが、ちょっと文章では説明しにくいので省略)」

股関節と同じように、腕の脇も、人間はあまり開きたくはないからだの部分です。

でも、脇を開かなければ、呼吸も広がりにくい。

そこで、肩関節に、丁寧にアプローチしていきます。

手の平が、口元に近づくような動き(何かを食べるかのような)で、腕を上にあげていき、脇を広げてもらうのも良いでしょう(ここも、文章では表現しにくい^^。腕に力が入らないように、下から腕を支えるようにして動かすと良いでしょう。腕はすぐに力が入ってしまうので、難しいワークの一つだと思います)

脇が開くと、前鋸筋という、やはり肋骨と呼吸にかかわる筋肉にもアプローチができます。

脇から、からだの側面の広がりを、大きくストロークすることで、胸郭はもっと広がってもいいのだということを、からだが思い出していくでしょう。

脇や身体の側面、そして、肩関節のムーブメントの中でのアプローチでも、呼吸が広がっていくのをサポートすることができます。からだに立体的にかかわることで、からだ自身が、立体的な存在であることも、思い出していくのです。


胸が広がり、呼吸が広がると、ハートも開かれます。

この時、感情も流れやすくなります。

逆に、感情を押しころすと、ハート周辺の筋肉が固くなりがちで、呼吸も浅くなります。


ー全体の統合と、見守りー


最後に、もう一度、デコルテの周辺のつながりをストロークで調えます。もうかなり、肩も首もゆるゆるです。

そして、全体をととのえて、見守ります。

やわらかな視線で、適切な距離で見守ってください。

その方の、あるがままを大切にするような、見守りです。

ここでも、さらに、リラクセーションが深まり、呼吸に変化が起こります。

この時間は、とても大切。

何もしない、Beingの時間。

誰にも触れられず、自分自身でいられることで、自分らしい呼吸を取り戻すことができます。

胸郭が広がり、腹部や骨盤とも連動する、波のような呼吸の広がり。

一呼吸ずつに、全身がゆらぎ、吐く息とともに、からだの重みがマッサージテーブルの上にゆだねられていきながら、からだと存在と呼吸が一体となっていく、生命の美しさが広がる瞬間です。それは、ご自身のもつ内側の力なのです。


セッションでは、より効果がでるように、様々な筋・筋膜にアプローチしましたが、深く、やすらぎ、自律神経系が調うだけでも、呼吸は安定し、広がっていく場合も多くあります。

コロナを乗り越えたあとも、ストレスや、後遺症、副作用で悩まれる方も多いと思いますが、できることなら、それを、なるべく放置しないことをお勧めします。治療のために多くの新薬が使われることも多いので、回復期には薬物療養よりも、自然療法や運動療法、ハーブや、ボディワークや、ヨガ等をうまく取り入れながら、回復していただけると嬉しいです。私たちも、リラクセーションと、ボディワークのクオリティを深めていく必要を感じています。


最後に・・・。

呼吸について、素晴らしい本がいろいろと出版されていますが、今日は、この一冊をおすすめしたいと思います。

コロナの時期、一家に一冊ではないかと思うぐらい、おすすめです。イラストもとても綺麗な本で、呼吸とは何かがとてもわかりやすいです。


それぐらい、コロナは私達の呼吸に直撃しているからでしょうね。。。

これも、何か意味があるのかもしれません^^。


私たちは、呼吸に対して、もてる知識と経験をすべて動員して、この危機を乗り越えていかないといけないのでしょう。




身体のデザインにあわせた、自然な呼吸法

アレキサンダーテクニークで息を調律する

(リチャードブレナン著 監訳 稲葉敏郎 医道の日本社)

コロナから回復された方へのボディワーク試論 ーやっぱり呼吸が大事ー_a0020162_22160165.jpg


# by reiko-koyago | 2021-08-22 22:44
26年もたったのか・・・と思う。
昨年が四半世紀が過ぎたということだった。
忘れられないし、忘れてはならないと思うけど、
どこかでもう、いいだろう、、、次に行こうと思いたい自分もいてて、そういや、毎年そう思っている気がする。

昨年は、ウェブマガジン「コ2」で連載している「セルフタッチング入門ーコロナの時代のタッチケアー」で初めて、震災体験のことを少し書いたけど、あそこが、今の私の施術活動や、タッチケア支援センターの原点となっていること。それは違いようがない事実だと思う。

もっと言えば、あの時以前の記憶と、震災以降の記憶があまりにも次元が異なりすぎている。よく震災で言われていることだけど、あの時、私も一度死に、そして、生まれ変わってその後があるのだと、あるいは、脳神経回路がいったん書き換えられたのではないかと思えるほど、それほど、あのたった15秒の大地の揺れの衝撃は大きかった。

阪神淡路大震災 四半世紀+1年(私的回想)_a0020162_14103875.jpeg

あの時、「死」が自分にとてつもなく近く、そして、あまりにも遠かった。
15秒という地球の揺れは、生と死という大きな明暗を分けた。
私は生きていて、周囲の何名かの人は死んでしまった。それは、私も死んでいたかもしれないということでもあり、同時に、それは、「死」というものは、まったく予感も、予想もなく、ある時突然やってくるんだということを心底知った。

瓦礫の下で生き埋めになった隣人に対して、ほぼ、なにもなすすべがなかったというこの非力さへの痛感。お向かえの家の奥様は、すぐに救出されたけど、即死だった。隣のブロックの家は、何軒かが全壊で、瓦礫の下に人がいることがわかっていた。もう、息たえておられるのか、極寒の中、痛さと苦しみの中で救助を待っているのか、わからなかった。呼んでも声が返ってこなかったから、たぶん、前者だろうが、わからない。その後、死亡は確認される。。。

生きている自分と、瓦礫の中の死が、実際の距離にするとあまりにも近いのに、あまりにも遠い。人間は、こういう時、自分の感覚を遮断し、想像力の扉も閉じてしまうのかもしれない。そうやって生き延びるのだろう。。。

ある時突然、予期せぬ時に、結局のところ、誰にも看取られず”一人で死ぬ”(それは、瓦礫の下であったり、交通事故の壊れた車の中であったり)ことは、私は、もう十分に知っているし、それは起こりうることである。。。

最近、「死」についてを考える読書会(「死に行く人々と共にある」ジョアン・ハリファックス老師著)に久しぶりに参加して、自分の死ついて思いを馳せたとき、少しだけそのことを自分の中で受け入れはじめることができた。もしかすると、今生きているのは、そういう自分の最後の時に、それでも、自分の死の尊厳を受容することの準備をしているのではないか?と。そう思うと、26年前の、目の前の隣人の死と、自分の中の距離が、ほんと少しだけだけど近づいたような気がした。


26年前。凍り付いたものを残しながらではあったけど、それでも、不思議なことに、生まれてはじめて、これほど生きていることを実感したことはなかったということも、白状しなければならない。実際、こういう証言は、多くの被災者が語っている。瓦礫のわが街を観て、隣人の死と出会い、これほど、内側から血肉がわき立ち、生きる力がみなぎったことはなかったと。同時に、感情を凍り付かせたままの人も大勢おられた。人は一人一人違い、温度差は確かにあったけど。

火事場の馬鹿力であったり、カラ元気だったのかもしれないけれど、なんとか復興し、前よりもいい街を作ってやるんだという気持ちでしか、死者を弔うことにならないのではないか? そういう想いを持った人は、少なくはなかったと思う。そして、駆け抜ける人々がいた。被災地復興の中で。その、前よりもいい街をつくるという意図は、建物というハードではなく、人の気持ちというソフトに向けられていった。

「声をかける」「手をさしのべる」「ケアする」「サポートする」「つながる」「一緒のご飯を食べる、お酒を飲む」「焚火を囲む」「お祭りをする」・・・等。あの頃は、何もマニュアルがなかったので、ただただ、手探りだったのだけど、自然発生的におこった「炊き出し」や支援物資の整理から、ごく自然と、人と人とがつながることが、とてつもなく重要であることを、みんなが実感した。実際、それは、簡単なことではなかったけど、とにかく、何も持たない庶民ができることは、それしかないし、実際、それが一番重要なことであったことは、後の世の研究が明らかにしてくれている。



「災害ユートピア -何故そのとき特別な共同体が立ち上がるのか」
・・・という、本がある。

阪神淡路大震災 四半世紀+1年(私的回想)_a0020162_14112647.jpeg

かなり前の本だけど、ようやく手にした。
ちょっと、買うのに抵抗があったけど、先日、You-tubeで観た奥田知志さん(NPO法人抱樸)と、社会学者の宮台真司さんの対談「社会はなぜ必要なのか?」を観て、やっぱり読もうと思った。
1906年のサンフランシスコ大地震や、米国の様々な災害後に起きたことを検証している。

英文タイトルは

A Paradise Built in Hell
~The Extraordinary Communities That Arise in Disaster~

家に届いて、手にとって、450ページを超える大著なので、読む気力が少し萎えた^^。
読まなくても知っている。
私は「災害ユートピア」を確かに見たのだから。

阪神淡路大震災の直後、それは、確かに各地に自然発生的に立ち上がっていた。
おそらくは、震災直後の2~3か月の間までだろうが。
もちろん、それは、痛みと苦痛の伴うものだったのだけど。


まだ、ちゃんと読めてはいないけど、それでもこの本にある、エピローグと、プロローグにある言葉

「あなたは誰ですか? わたしは誰なのか?」

という言葉にはぐっと惹かれた。

まさに、自然災害という天地がもたらす悲劇が、人間に問いかける気づきとは、それなのだ。
一人一人の実存が、丸裸にされてしまう。
立場も、肩書きも、職業も超えて、止まってしまった、壊滅的な日常の中で、何者でもない”わたし”に立ち返る(しかない状況に追い込まれる)

そして、その時、多くの人が内的な衝動としてとった行動の中で注目すべきことは、垣根を超えて”助け合う”ということだったのだ。この内発的な行動が、災害ユートピアという奇跡を創り出したのだろう・・・。

今は、かなり進化したとは思うけど、阪神淡路大震災の問は、災害救援に対する政府や行政のマニュアルがほとんどないのに等しかった。
あの時ほど、「国家」や「政府」や「行政」というものが遠くに感じられたことは無かった。エリートも支配者もなかった。

そのかわり「地域」というものが、立ち上がった。
あるいは、それを「社会」と呼んでもいいのだろう。

それは、生きるために必要なものを(水や食料、衣類や寝具、そして、声掛けややさしさ)、必要な人に、ごく自然と水が流れるように、制度の規制も、精神的な遠慮もなく届けていく、自然な循環だったのだと思う。そして、その自然な循環をせき止めるものの多さにも閉口したけれど。

その仕組みが持続可能な形で継続できれば、社会として成り立つ。阪神淡路大震災の時は、残念ながら、仕組みとまではいかなったけど、その精神性という種子は、蒔かれたのではないか?さて?

大きな火災で壊滅的な被害をうけた長田区が有名だけど、東灘区や灘区にも、出現していた。
私がかかわった、西宮、須磨区、そして、兵庫区にも。

それは、確かにあった。
私は見た。そして、かかわった。
ユートピアというような、お気楽なものではなかったけど。


私がかかったのは、すでに長年、地域活動を続けて地元の小規模障害者作業所が中心だった。残念ながら事務所は地震で壊滅した。メンバーの家も倒壊し棲む家を失った。そして、1人は命を失った。地域で生きる、自立生活障害者の運動で、失ったものはあまりにも大きかった。失意のどん底で、立ち上がれない気持ちになっても当然だろう・・・。でも、ほったらかしにしていたら、どんどん場所は失われていく。火事場の馬鹿力を出すしか他に道はないだろう。。。

しかし、彼らが長年気づいていた全国のネットワークは強大で、一挙に支援物資も支援者も集まってきた。あっというまに、被災地障害者支援センターが立ち上がり、その活動は、今なお全国の災害復興支援として継続している。コンセプトは、障害者の障害者による障害者の支援活動。支援の現場を「障害者」の視点で見直すこと。あの時、こういう言葉が高らかにかけられた。被災地では、みんな、障害者なんだ!と。

あるいは、他のエリアでは、行動力と決断力、そして、リーダーシップある人間力のある人が、ごく自然とリーダーとなって支援活動を継続していた。私は、当時、まだ予備校の日本史講師だったけど、中世の、戦国時代の少し前あたりの、いわゆる「国衆」と呼ばれた、地元の実力者たちの台頭を思い出した。もちろん、その「国衆」は、自分たちの事業を起こすとかではなく、純粋な利他行為として「助け合い」や「救援」を実践したことだ。今から思うと凄いことだ。震災2年目からかかわった、須磨区の「下中島公園北自治会”しんげんち”」のことは、いつか、伝えないといけないと毎年思う。しかし、代表のTさんはすでにがんで他界されてしまった。ここのことを覚えている人はどれほどいるのか?

阪神淡路大震災 四半世紀+1年(私的回想)_a0020162_14251305.jpeg
須磨区、下中島公園北自治会、上空写真。
阪神淡路大震災 四半世紀+1年(私的回想)_a0020162_14252543.jpeg
周囲に、数か所の大規模仮設住宅があり、週に一回食事会が開催された。ほとんどが高齢者の方。
孤食を避けるために支援者や地域の方々が協力しあった。
今から思うと、子ども食堂や地域食堂の元型のよう思う。



ただ、問題は、、、それは、ほんとうに余裕のない、あらゆる意味で、へとへとなギリギリなところで駆けていくので、最初の数か月はどうにか火事場の馬鹿力で駆けていけるのだけど、1年もすると、様々な意味で限界が訪れる。制度の助が必要となってくる。1998年に、NPO法人が制度化し、寄付や助成金での持続可能な活動へと移行していった。

火事場の馬鹿力で、必死になって駆け抜けていかなくても、震災になったら、よりシステマティックな支援活動が迅速に起きて、被災者の回復がスピーディになる・・・と、そういう日がくると良いと思ってはいたものの、実際には10年20年たっても、それほどスムーズにはいかないものらしい。

そして、なぜか、そのようにサポートシステムが制度化されてしまった後には、こうした「災害ユートピア」は、起こらなかったらしい。

これには驚いたけれど、なんだか、わかるような気がする。
悲劇と混乱と葛藤の中で立ち上がった人間の力は、やはり強い。
そして、それは「何者でもないわたし」が立ち上がるからだと思う。

今は、立場や役職がないと、支援活動もやりにくい時代になってしまったようである。


だからといって、もう一度、阪神淡路大震災のようなことが起こってほしいとは、微塵とも思ってはいない、当然ながら。
あのようなことは、二度と起こってほしくないし、特に、大阪や東京等、人口の密集したところでおきたときの被害は、計り知れない。また、原発等もそうだろう。災害に、もう一度起こってもらうわけにはいかないのである(もちろん、不可避的に起こるものだけど)。

今は、新しい形で、新しい社会を作り上げていく時なのだろう。
その時に、この、震災でおきたことを、もう少し見つめてもらいたいと思うことがある。
(ただ、あの時、リーダーシップを発揮した方々の多くは、すでに亡くなってしまったのだけど。。。しかも、まだネット媒体がない時代なので、資料もほとんど残っていない・・・)



それに、あの時の傷跡はいまなお大きく、ご家族を失った方の悲しみはいまだに癒えてはいない。
やはり、あの時には、心のケアや、グリーフケア、そして、トラウマケアという方法が、まだ無かった。
だから、被災者自身も、自分たちに、心のケアが必要であるという発想を持ちえなかったのかもしれない。
悲しみは、一人一人の心の中で異なるし、何年たっても悲しみは変わらないこともあれば、時間とともに溶けていった方もいる。


2年前に、ある神戸の高齢者向けのイベントで、ハンドマッサージのブースを出していた時。
1人の90歳近いご高齢の女性が、私のハンドマッサージを受けてくださった。

お孫さんが、今度出産されて、嬉しいとのこと。
そのお孫さんは、孫なのだけど、自分の娘のようなものなの。。。と。。。語り始める。
ハンドマッサージにつきものの、ナラティブが始まっていった。

その方の息子さんご夫婦が、阪神淡路大震災で亡くなられて、その娘さん達は、生き残った。
そのおばあさんは、その後、その娘さん達を引き取り、育てた。
だから、孫だけど、娘のようだという。

まさか、イベントのハンドマッサージブースで、被災者の方が、家族を亡くされたご体験を語られるとは思ってはいなかった(東日本大震災ではとても多かったけど)ので、ちょっと驚いたけど、ここは、神戸なのだから、当然、阪神淡路大震災でのご遺族と出会う可能性はある。

息子さんご夫婦が、倒壊家屋で亡くなられたお話は、やはり辛かった。おばぁさんの目にも涙がにじんでいた。
でも、その後、孫娘さんが成長し、その子が生まれたというお話と、さらに、そのおばぁさんは、もう90歳近くになられていたけど、東日本大震災以降、遺族として、東北に定期的に通い、東北の震災で家族を失った方との交流をずっと行っているとのことでした。その交流が、その方にとって、ほんとうに大きな生きがいらしく、ハンドマッサージをしながら、その方の瞳の奥の輝きが、今でも忘れられない。なんだか、とてつもない”循環”が起きているように感じたのだ。

その時、不思議なのだけど、
私の中での震災も、何かが終わったような気がした。
その方が、終わらせてくださったかのように。

5年連続出店していた、その神戸の高齢者向けのイベントも、コロナのために、昨年は中止。
心配なのは、そのおばぁさん、今は、コロナで簡単には東北に行ったり来たりはできないだろう・・・。
お元気であればいいのだけど。。。


とはいえ、昨年も、また、西宮の自宅が全壊でご両親を失った方と出会ってしまった。
そう、、、震災は、やはり続いている。
凍り付いた悲しみは、悲しいだけで、ずっと変わらないこともある。
(それは、震災死に限らずだろうけど)

人の悲しみは、一人一人違うし、
人の死も、一人一人異なる。

そして、もう一度、静かに問いかける。
それは、すべての自然災害(地球)が問いかけてくる問いなのだろう。


あなたは誰ですか? 
わたしは誰なのか?








# by reiko-koyago | 2021-01-17 13:51
聖林寺の十一面観音様のことを、
書きとめておきたいと思いました。
息をのむ美しさ。
なぜ、今まで、出会えなかったのか?
2020年12月22日に出会えたのか?
(さすが土星と木星が水瓶座のゼロ度で出会うグレート・コンジャンクションの日だわ)
三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21192560.jpeg
(購入した写真から)

聖林寺の十一面観音菩薩像といえば、天平文化(奈良時代)の代表的な仏像として教科書にも載っていて、写真も、何度も見ています。でも、実際に拝観したことはありませんでした。聖林寺って、奈良であるということ以外、どこにあるのかも知らなかった。場所は、奈良県桜井市の南。創建は、藤原鎌足の息子。鎌足の菩提を祀るお寺のようで、談山神社の神宮寺。

三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21195276.jpeg

車のナビがなかったら、たどり着けそうにないような場所にあるので、この美しい観音様を観に来られる方も少ないでしょう。。。

忘れ去られたような大和盆地の南の丘。でも、そこからの見晴らしは美しく、三輪山と箸墓(卑弥呼の古墳ではないか?といわれている古墳)が並んで望める絶景です。     

三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21204416.jpeg

とはいえ、ほんとうに小さなお寺で、そこの本堂には、巨大な石でできたお地蔵さんがおられて、子宝と安産に恵まれるというので有名だそうです。この石のお地蔵さんを観に来られる方も、多いのでしょう。十一面観音像は、現在は、大悲閣という観音堂が建立されて、保存のため、薄暗い光の中で、その全身を拝見することができます。秘仏であり続けたからでしょう。奈良時代に作成された当時に塗られた、金箔もよく残っています。おそらくは、全身が金色に輝いていたのでしょう。

三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21211210.jpeg

いや、それ以上に、この流れるような形の美しさ。繊細な右手の指。ふっくらとしたお顔。

あとで、読み返しましたが、白洲正子が「十一面観音巡礼」の中で

それは今この世に生まれ出たという感じに、ゆらめきながら現れたのである。

‥と、表現したのも、伝わってきます。
いったい、このような美しい仏像を、誰が、どのような想いで作成されたのか?
おそらくは、三輪山の、大神神社の神宮寺のために、

しかし、第一級の国宝、天平文化の乾漆像の流れをくむ、聖林寺の十一面観音菩薩が、このような小さなお寺にひっそりと祀られているなんて。。。大学受験日本史の文化史では教えるものの、気にはなりつつ、一度も調べることもなく、30年がたってしまっていたのです。

三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21213273.jpeg

ところが、ついに、拝観できました。
なんとなく、、、ふっと思いついて。どうして、今なのか?

奈良三輪山の、大神(おおみわ)神社さんにお詣りにいくときの、ついででした。
三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21221837.jpeg
いつもは、長谷寺の十一面観音さんのところにいくのだけど、ふと、そうだと思いつき。。それも、なんとなくだったのです。

大神神社さんは、我が家にとってご縁が深く、父の事業が行き詰まったときに、知人が母にお詣りを勧めたところ、境内の杉の霊木で白蛇様に遭遇、、、たちまち父の事業の問題は解決したという、いわゆる霊験あらたかすぎて、怖いぐらいの体験をしていらいのご縁です(こういう理由では、私は神社にお詣りはしないのですが、でも、我が家と大神神社さんとのご縁はそう・・・) 最近は、姪っ子がよく車でお詣りにいくので、12月22日の冬至明け、木星と土星が水瓶座に入る日に、久しぶりに大神神社さんにお詣りしました。

三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21525361.jpeg
(母がかつて白蛇様と出会った杉の御神木)

この大神神社さん、大和国で一番古い一宮で、そして、神武天皇が最初に大和王権をスタートした地ということで、とても重要な神社さんなんですが、関東の方は、あまりご存じないので、びっくり。やっぱり、奈良といえば、東大寺と春日大社のようですが、関西人にとっては、やはり大神神社さんでしょう。。。

御神体は三輪山で、大物主(おおものぬし)神を祀っているといわれています。
大物主神とは、大国主神の和魂とも。あるいは事代主神とも同一視されていますが、ようするに出雲系の神様です。
もともと、大和の国は、大物主神が支配していたところ、神武が、熊野から大和に入り、娘婿として迎え入れられた。これが、神武東征の物語だとも言われています。なので、大物主神のことを、饒速日(二ギハヤヒ)であるという説も有力です。大物主(饒速日)神がオールド・カマ―で、神武がニューカマーという位置づけですね。

神武天皇が、最初に大和王朝をたてたのは、この三輪山のふもとで。王朝という視点でみると、まさに、日本の政治のはじまりのはじまりの地。
万葉集や、日本書紀・古事記にも、とてもよく出てくる地です。この大神神社のことを、書き始めたら、きりがないので、今日はこれぐらいに。卑弥呼の墓ではないかといわれる、箸墓もあり、また、弥生時代の遺跡、唐子・鍵(巻向)遺跡も広がっています。神武以前から、奈良の盆地には王国が広がっていたのでしょう。

大神神社にお詣りしたら、必ず、お詣りするのが、荒魂であり、三輪山登拝の入り口のある、狭井神社。
水と薬と癒しの神様でもあります。  

三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21523276.jpeg


姪のお友達が中学受験なので、大神神社の摂社である受験祈願の神様、久延彦(クエヒコ)社にいくことに。狭井神社から、南に下ると小高い展望台を通過して訪れることができます。ここから眺める一の鳥居と奈良盆地の美しいこと。

三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21230941.jpeg



三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21233159.jpeg

久延彦社は裏側から上がり、お詣りしたあとは、正面の鳥居に。そこを、右側にいくと「若宮社」があります。

この若宮社は、何度か訪れましたが、ちょっと不思議です。神社なのに、建物が仏教寺院のお堂のようなのです。
そして、境内の中が、がらんとしている。とても、不思議な感じがしたのですが、あまりに殺風景な境内なので、写真も撮らずです。。。

若宮とは、大物主命の息子(あるいは、子孫)の、大直禰子(オオタタネコ)のこと。



崇神天皇の御代、人々の半数が亡くなるほどの、疫病が流行りました。天皇の夢の中に、大物主命があらわれて、自分の子孫に三輪山を祀らせなさい、そうすれば、世は穏やかになるだろうと伝えたとか。そこで、大直禰子(オオタタネコ)が大神神社の初代の宮司となったという話が、記紀に残っています。若宮社は、その大田田根子を祀る神社。

・・なんですが、、、実は、奈良時代の神仏習合の時代に、その同じ場所に大神神社の神宮司が建立されていたそうです。その名前も、大神(おおみわ)寺。
しかし、その後、廃れてしまい、鎌倉時代の奈良仏教の復興の際、西大寺の叡尊が、復興したとのこと。名前は、大御輪寺(だいごりんじ)と変わりました。

このあたりの流れは、こちらのブログに詳しいです。

少なくとも、歴史資料によると、鎌倉時代からは、現在は聖林寺さんにおられる十一面観音様は、大御輪寺(すなわち、若宮社)のご本尊であったのは確実だったそうです。おそらく、もっともっと前から。

この仏像は、奈良時代のもの。
ならば、おそらくは、奈良時代のはじめから、ずっと大神神社の神宮司の本尊であり続けたのでしょうか?

仏教が日本に伝来して以来、それまで、木々や山、川や滝などの自然崇拝であった人々の信仰が、仏像という人の形への崇敬へと変わっていきました。そして、奈良時代の鎮護国家の時代、疫病や戦乱で乱れ、混乱した国を安らかにするために、仏教を神道よりも優位な位置に置いた上での、神仏習合がはじまりました。仏だけではなく、神々をも、人の形で表現していきました。

大神神社の神様は、十一面観音様の姿で表現されたのです。
三輪山の東の、長谷寺が、十一面観音様で、西国三十三か所の観音霊場のはじまりとされるのですから、わからないでもありません。
そして、この大御輪寺(大神寺)の本尊であり続けた1000年以上の間、この日本の仏像芸術の最高峰の美しさを放ちながらも、ずっと秘仏であり続けたそうです。

では、なぜ、聖林寺に?

それは、明治になってからの、神仏分離令によるもので、廃仏毀釈の嵐が、奈良の寺院にも襲いかかりました。

大神神社の神宮司である大御輪寺は、廃寺に。
寺は壊され、仏像たちは、放り出されたといいます。


明治時代、日本の美術品や仏教美術を調査していた、フェノロサと岡倉天心が、この美しい十一面観音像と出会い、あまりの美しさに感嘆したといいます。あの美しい観音様と出会った時の二人の感動を想像すると、震えます。「この界隈にどれほどの素封家(大金持ち)がいるか知らないが、この仏様一体にとうてい及ぶものではない」と、語ったと記録されています。

フェノロサ達の発見によって、廃仏毀釈によって千年の秘仏を解かれ、破壊はまぬがれ、そして、この忘れられたかのような古寺、三輪山を北側にあおぐ小高い丘の上の聖林寺へとあずけられ、現在に至っています。(でも、ある意味、守られていたのでしょうね)

その封印が解かれ、放たれた際に、フェノロサが、驚愕し、後に、和辻哲郎の「古寺巡礼」でも、この聖林寺の十一面観音像のことは、美しい筆致で描かれています。

「流るる如く自由な、さうして均衡を失はない、快いリズムを投げかけてゐる」(和辻巡礼『古寺巡礼』)

それを読んだ、白洲正子が、「十一面観音巡礼」の中で、冒頭で、この観音像のことを、感嘆とともに著しています。「十一面観音巡礼」は、白洲正子とこの聖林寺の十一面観音菩薩との出会いから、始まっていったのです(確かに、愛蔵版の表紙もこちらの観音様です)

現在も、天平文化を代表する、国宝の仏像として、教科書にも載り続けているにもかかわらず、この十一面観音像と出会われた方は少ないのではないでしょうか。。。いやぁ、、私も、ほんと、今迄何をしていたのか? なぜ、こんなに時間がかかったのか。。。

この十一面観音様こそ三輪山の女神
大神神社の本地の神。

三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_21250711.jpeg

2020年の12月22日という日に、出会えれたのも不思議な流れです。

そして、2021年の5月に、聖林寺の十一面観音様は、はじめて、奈良を離れ、東京の国立博物館で、そのお姿をお見せくださるそうです(現地にいって、初めて知りました。なので、奈良での拝観は5月初旬までです)

わお!東京の皆様、もうすぐ、聖林寺の十一面観音様が、いらっしゃいますよ~。


しかし、歴史を紐解けば、かつて、崇神天皇の御代に、疫病が流行り、大物主神が天皇の夢の中に立ち、我が子孫に大物主神をまつらせよと命じ、大神神社がはじまり、そして、疫病は収まったといいます。

また、奈良時代、聖武天皇の時代、疫病と戦乱をおさめるために、鎮護国家のため、仏教に祈願し、東大寺の大仏を建立した。。そして、同じ時期(おそらく、奈良時代後期?奈良時代は女帝が多かったのですが)、大神神社の神宮寺である大神神社(後の大御輪寺、現在の若宮社)に、黄金色の十一面観音像が本尊としてまつられるようになった・・・しかも、秘仏として千年以上も。

廃仏毀釈がおこらなければ、今なお秘仏であり続けたかもしれません。
その、聖林寺の十一面観音菩薩立像が、はじめて、来年、東京に行かれるのですよ!

なんだかドキドキします^^。



帰りの車では、葛城山を越えて、奈良盆地から、東大阪へ。
夕日の光が、大阪中をピンク色に染めていました。

こちらは、淀川に沈む落日。


三輪山の女神 -聖林寺の十一面観音ー_a0020162_23012954.jpeg





















# by reiko-koyago | 2020-12-24 21:02