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レイライン通信 - Soumya 中川れい子のメッセージ・ブログ- rayline.exblog.jp

エサレン®ボディワーカーでNPO法人タッチケア支援センター代表理事の中川れい子の個人ブログです。2003年から、癒しのこと、旅のこと、聖地巡礼、社会問題の徒然を気ままに綴り続けたブログっです。


by reiko-koyago
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2020年、1月。米軍によるイラン司令官爆殺により、緊張が走る中東情勢の幕開けとなりました。そして、今日1月7日、イランは報復としてイラクの米軍基地を攻撃しました。この後、米軍がイランを再度攻撃した場合、第三次世界大戦へと発展する可能性が高いほど、現在、緊迫した情勢です。同時に、アメリカ国内をはじめ全世界では戦争反対の声が広がっています。


今、ふたたび、かつての私の瞑想の師の一人であった、フーマン・E・エマミの世界平和の祈りを振り返り、ご紹介したいと思います。この数日、フーマンのことが思い出されてならないからです。


フーマン・E・エマ二は、かつて2003年のイラク戦争勃発の直前に『世界平和の祈り』を自らおこない、長期の断食瞑想をハワイ島で実践していました。また、彼の瞑想のエッセンスを凝縮した『「世界平和の祈り」の方法』を弟子たちに伝えました。その後、残念ながらイラク戦争は起こってしまい、そして2005年、フーマンはハワイ沖に身を投じてボディを離れていきました。フーマンは、国籍を超えた存在ではありましたが、イラン出身の人だったのです。


あれから、15年。

前回以上の激しい緊張が中東で起こっています。

この15年の間に、人類の意識が成長していることを信じ、再びフーマンの「世界平和の祈り」をお伝えしたいと思います。

マインドを空っぽにして、ハートを感じ(ハートに手をあててみたり)、内側に平安と祝福を感じてください。呼吸とともに、行きとし生きるすべての存在に愛と祝福を届けてください。内側の平和、そして、ハートの穏やかなバイブレーションで世界をつなげていきましょう。


下記は、フーマンが私達に伝えた世界平和の祈りの方法です。


(*共感してくださった方と、ご一緒にお祈りをすることとなりました。AM6時 正午 PM6時 12時・・・と1日四回、可能なときにご一緒ください。約5分です。まずは、1月12日迄続けようと思います)




< 世界平和の祈り >

ー 祈りの方法 ―


最初にマインドを空っぽにします。


次にハートに呼吸を入れたり出したりすることで

ハートとコンタクトします。


だんだんと、

すべての意識をハートにもたらし

そこで消え去ります。


ハートを深く感じたら

ハートを感じることができるという

祝福を感じましょう。


その祝福を感じたら

日本という国全体を

あなたのハートにもたらしてください。

(ハートで感じる祝福の中に視覚化すること)


そうすることで、その祝福が

全員に、そしてすべてのものに広がっていきます。


次に、だんだんと

地球全体をハートに入れるように。


ゆっくり吸ったり、吐いたりして

地球を我々の母とし

そして、その上に生きとし生きるものすべてを

ひとつの家族として感じ

すべてを我々のハートの中にもたらすことで

それらすべてに、愛を与えていきます。


こうすることで、ハートが広がり

愛をすべてに及ぼすことができます。


この祈りの瞑想は

愛と平和を与えたいと望む

誰に対しても行うことができます。


そして、それは

深いレベルで働きます。



フーマン・E・エマミ 2003

Houman・ E ・Emami


2020年 \" 世界平和の祈り \"  by フーマン ふたたび_a0020162_09283159.jpg

フーマンは、この祈りの瞑想の伝達のさいに、このように、伝えています。


我々は全員が
この地球に対して責任を持っている

真の光明への道は
地球への愛と慈悲を
無視するものであってはならない

我々の道の大部分は
一生をかけて内的な我々自身の
目覚めへと焦点を合わせるべきだ

しかし
緊急を要する時期というものがあり
その時は外側へ向かって
愛と慈悲を与える事が要求される

その愛と慈悲は
その意図が明確である事により
その見返りとして
光明への肯定的なカルマをもたらすだろう

* フーマン *


引用 Star of Light

https://www.starofheart.com/


フーマンのオーガナイザー

リーラスペースのキヨタカさんのブログに

この当時のことが記されています。

http://www.leela.jp/grace/part2/title3-2.html


キヨタカさんの記した

フーマンとの対話の記録

「恩寵の扉が開くとき -フーマンとの出会いー 」



2020年 \" 世界平和の祈り \"  by フーマン ふたたび_a0020162_09411476.jpg


最後に、アンマの世界平和の祈りを。

ロッカーハ
サマスターハ
スキノー
ハバンドゥ

生きとし生きるすべての人が
平安でありますように。




Reiko Nakagawa


# by reiko-koyago | 2020-01-08 09:56
東京に滞在している間、
夫と二人で、かねてから訪れたかった
静岡県の”富士山静養園”さんに
1泊2日で訪れました。

あまりの富士山の美しさに圧倒されました。
いまだに、余韻を感じています。

富士山静養園へ -地域・コミュニティ・循環、そして源流へ ー_a0020162_13472080.jpg

ここに訪れたのは
去年・今年と、伊豆の
上野圭一さんのもとを
訪問したときに、二度とも

「絶対に、富士山静養園に
 行ったほうがいい。
 そして、山本竜隆医師に
 会ったほうがいい」

と、熱く、勧めていただいたからです。

実際に、訪れて、お会いしてみると
そのお言葉の意味がよくわかりました。

上野圭一さんが訳された
アンドリュー・ワイル博士の
「癒す心・治る力」をお読みになられて
アンドリューワイル博士が教える
アリゾナ州立大学で、統合医療を学ばれた
山本竜隆医師は、
日本人初めての弟子というお立場に
留まることなく、帰国後も
ずっと、統合医療の実践と探求を持続してこられ
最初は、都市部での統合医療のセンターを。
しかし、そこで限界を感じられて
統合医療から、行き着かれたのが
”地域医療”というフィールドであったという。。

そこに至る壮大な道のりと
具現化された広大な敷地の静養園を
体感させていただき、
しみじみと受け取らせていただきました。
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広大な敷地の中の森林を案内してくださる、山本竜隆氏
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お料理は、元宝塚歌劇団におられた奥様の手料理。
とても優しいお味で、からだにしみこんできました。
なんと、あの「ベルばら」のロザリー役をされていたという!
私は、ベルばら世代なので、感動しています^^。
とても、素敵な奥様でした。
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日月倶楽部では、溶岩プレートでのバーベキューもできるとのこと。


まず、西側から見上げる富士山の壮大な美しさ。
関西に暮らしていると、富士山はあまり
身近なお山ではありません。
今回、私にとって、最大接近ではなかったでしょうか。。。

観ているだけで、お側にいるだけで
どっしりとすそ野が広がり、
自然とグランディングし、
地球の一部であることを
からだに伝えてくれるお山です。
そして、果てしなく神々しい。
(この世のものではないかのように)

これが、富士山か。。。と。
いったい、私は何年、
日本に暮らしてきたのだろう?
と、ちょっと、苦笑い^^。



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日月倶楽部には、グランピング用のドーム型のお部屋もありました。


そして、山本竜隆先生ご自身が
おおいなる富士山のように
とてもグランディングされていて
地球と自然と、地域社会と
まるごとしっかりと
つながっておられることも。。。

山本先生が、この地と出会い、
富士山静養園・日月倶楽部・
そして、朝霧高原診療所という
3つの統合医療と地域医療、
そしてウェルネスにかかわる施設を
この地に具現化するまでには
想像が及ばないほどの
大きな大きな意志の力と実行力、
そして、大いなる自然への畏敬の思い
地域社会への敬意と謙虚さ
つながりへの信頼がおありだったのだろうと
胸が熱くなりました。
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富士山静養園の母屋。
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日月倶楽部の母屋の中には、富士山の裾野のジオラマが。
窓からは、本物の富士山を臨めます。


そこには、いわゆる
滞在型のリトリートセンター
という(日本ではまだ定着はしていませんが)
枠組みをさらに超えて

自然・環境・社会・五感・・・
様々なつながりのなかで
人間まるごとをホリスティックに看る
”統合医療”という領域を

人間のウェル・ビーイング(幸福)
さらにコミュニティ(地域社会)という
フィールドにまで豊かに広げた
ビジョンがおありで

それを、富士山という
まるでこの国の象徴でもある
大自然の源に
具現化されたという。。。

そして、その敷地内には、
富士山の雪解け水が
富士川へと流れていく
源流があり
そこにも、ご案内していただきました。

(一連の「水を巡る旅」のひとつとしても
 今回の旅は意味が深かったです。
 まさに、”源流”。
 そして、そのお水の美味しかったこと!

 それは、100年前の雪が解けたお水だそうです。
 この敷地内に、その源流から続く
 小川は流れています。
 かつてはその清流の中で
 ワサビ田が広がっていたそうです。)

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静養園の母屋の前の日本庭園の池。

今回のワークショップのテーマは

”地域包括ケアシステムと社会的処方箋”
ホリスティック医学の可能性を含めて

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最初、私はこのタイトルを読んで
ちょっと、くらくらっと
内側を揺さぶられるものを感じました。

というのは、地域包括ケアシステムとは
都市部の地域社会で進むものだと思っていたからです。
実際に、私の暮らす兵庫県尼崎市にも
日々、医療・福祉関係の皆様が奔走されています。

人里離れた、滞在型リトリートとは
少し、空気感に微妙な距離を感じてしまう。

タッチケア支援センターの”タッチケア”は、
米国カリフォルニア州に1963年に開設された
ヒューマンポテンシャリティと自己変容の
意識の成長センターとして有名なエサレン研究所
育まれたエサレン®ボディワークを母胎としています。

サンフランシスコから車で5時間ほど。
秘境、ビッグサーの温泉の湧き出る
滞在型リトリートセンターで
生まれたボディワークを基盤にもつ
私達の”タッチケア”を、地域社会に
活かしていくために、
この都市部のケアの在り方と、
人里離れたリトリートセンター
との距離感について、
何度か感じてきた違和感と葛藤です。

ところが、今回のお話を拝聴していると
そういう違和感や葛藤は、
もう古めかしいものなのだと
いうことが、わかってきました。

人間の健康と幸福には
自然とのつながりが不可欠であり、
いのちの循環と地球との共生
さらには宇宙とのつながりを
体感できるような
都会から離れた
ゆったりとした時間を設けた
滞在型リトリートという発想が
”医療”や”養生”そして”回復”にとって
すでに、私達の社会には、
必要不可欠なものであるということ。

というのか、、、。
私自身が、そうした
長期滞在型のリトリートを
何度も繰り返して
あるいは、主催して
自分自身の中の変容や
参加者の方の変容と癒しを
目の当たりにしてきたのに
それを”ちょっとした変わり者の世界”だと
封印してしまうのは、
自分自身の自己肯定感の低さに
またまた、苦笑してしまいます^^。
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”地域”という言葉は
私は、阪神淡路大震災の時に
出会いました。

1つのエリアに
同じように襲い掛かる
震災、、、家屋の倒壊。
同じ地域に暮らすものが
手をとりあって、
助け合い、支えあう。

災害にあって、はじめて
気が付いたものです。

自然とのつながりだけではなく
人と人とのつながりも途絶えつつある
都会での生活。。。

統合医療は
地域の中で
そして、自然の中で

というコンセプトは

こうやってお話を伺っていると
当然といえば、当然。

病気になる前に、
病気にならないように
予防医学を地域で支えること。
これもまた
医療の仕事。

統合医療先進国である
キューバでは

人々の健康には

*家庭
*コミュニティ
*健康教育が

大切だというお話もありました。

また、富士宮市の
地域包括ケアシステムでは
医療者や福祉関係者
家族のほかには
地域の人々も
話し合いに参加するということも。

専門家だけではなく
地域の一般の人々も
健康と回復のために
かかわっていく。

このことは、
実際に、何度もエサレン関連の
滞在型のグループワークショップの
オーガナイズをしてきて
体験してきたことです。

ワークショップの中での癒しは、
講師や教えや技術や手法ではなく
参加者同士の
つながりと、
その”場”の力の中で
ごく自然と
起こっていくのですから。


また、現在の日本の地方都市でも
高齢者の方が認知症になって
徘徊をしても
地域の人が見守って
もしも迷子になったら
連れて帰ってくれるようなことも
よく、聴きますよね。
もともと、日本の地域社会がもっていた
機能だったのかもしれません。

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参加者のみんなで拾って寄せてみた、落ち葉たち。


統合医療もまた

狭義では 医療機関の中でおこなうことですが、
広義では コミュニティそのものをあらわすこと。

そこで

社会的処方箋”という言葉がでてきます。

それは、一人の患者さんの治療のために
お薬だけではもちろんなく
医療者だけでもなく
福祉関係者だけでもなく
そこに
代替医療家
家族
環境
そして、
地域の人々が深くかかわっていく。
(子どもも含めて)

今の薬だけの処方箋を
はるかに超えたビジョンです。

社会ぐるみで、一人の人を
診ていくという処方箋。

こうしたアイデアを
山本先生は

ヨーロッパの限界集落に近い
地方の農村で、発見したということでした。

地方の農村部では、
医療の中に、すでに

森林の中を歩く 瞑想する
ぶどうの収穫を作業療法としておこなう
ことなどが、すでに含まれているという。。。

ミュゼ―セラピーという
言葉を今回初めて知りました。

ミュゼ―とは「中庸」「環境」という
フランス語だそうです。

*時間の経過
*自然との循環
*五感を開く
*瞑想
*人との交流

こうしたものを
大切にしていくセラピー。

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一瞬、エサレン研究所の試みを
思い出します。

が、アメリカ社会よりも、
ヨーロッパのほうが、すすんでいるとのことです。

(山本先生ご自身が、アメリカ統合医療のアンドリュー・ワイル博士から
 ヨーロッパを視察するようにアドバイスを受けられたとのこと)

ヨーロッパの人々の
暮らしの在り方

それは、仕事と日常を
切り離さない
オンとオフとでわけない
生産性で自分の人生を
切り売りしないような
生き方、、、なのかもしれません。


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と、、、なると。。。
今回、いろいろと考えさせられました。

現実問題として
私達は、都会で働き
週末を自然の中で過ごす・・・
あるいは、休暇を過ごすというのが
日常の自然との付き合い方です。

とはいえ、今回思ったのですが、
土日に、訪れた富士山静養園

まぁ、その行き帰りの混雑したこと。。。
高速バスを使ったのが悪かったのか
行楽シーズンの土日ということで
往復、バス、11時間かかってしまいました。
(東京から脱出してまた戻ることそのものが大変!
 おそるべきは”中央道”の車の多さ。
 関西人には未知でした^^)

1泊や2泊ではなく
自分自身をしっかり癒すなら
やはり、5日から10日は滞在したいものですね。

そうなると、今の日本社会の働き方では
問題が出てくるでしょう。

やはり、社会まるごとが
目覚めていくことが大切かなぁ。。。

まずは、ほんとうに
日々忙しくて、奔走されている
医療者の方に、
富士山静養園に訪れて
ゆっくりしていただき

そして、各地域の中に
それぞれで暮らす方達が
安価でゆっくり回復することができる
リトリートセンターを作っていくような
未来社会ができればなぁと

夢想してみたりもしました。

タッチケア支援センターも
地域のNPO法人として
これから、何が出来ていくのかを
さらに、深めていきたいなぁと思います。


この山本竜隆先生の
地域包括ケアシステムと社会的処方箋のお話とともに

アロマセラピストの
安珠さんによる
パーマカルチャーと
トランジションタウンの実践の
ご報告。

アロマセラピストという
個人にかかわるお仕事から
社会全体、地球全体の癒しへと
広がっていく、
そして、持続可能なコミュニティを創造する。

ほんとうに壮大な
実践のご報告で、
素晴らしかったです。

また、久保木み規さんによる
アーユルヴェーダを取り入れた
セルフケアのお話も、朝のクラスに。

セラピストとして
医療や福祉のフィールドでも
ご活躍で、お話には
とても、深みがありました。

インドや中国では
日々の健康にすでに
多くの癒しの叡智が活かされてきた
歴史があります。

日本でも、かつて
そうだったのでしょう。

統合医療と
地域包括ケアシステムは

私達の中で
冬眠してきた何かを
目覚めさせるような
道筋なのかもしれませんね。


晩秋の色が美しく
太陽と星々と月と
清流、そして、富士山と
地域のケアに思いをもつ
素晴らしい方々とご一緒できた
2日間でした。

感謝と光とともに
蒔いていただいた種子を
これから、じっくり温めて
いきたいと思います。



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# by reiko-koyago | 2019-11-19 12:49

熊野三山、聖地を歩く 

2020年2月26日(水)~28日(金)
<熊野三山をめぐる旅>

母なる地球を感じながら
熊野の聖地を歩きます。




世界遺産となった
祈りの聖地『熊野』
今、世界の旅人の注目する地となりました。

2月の終わりの熊野は
まだ寒さが残るオフシーズン。
それだけに人も少なく
熊野の土地や歴史の本来の深みと
つながりやすい季節。

今回の旅では、那智から新宮方面
本州最南端の温かな気候の聖地を巡りながら
最後には、熊野本宮、川湯温泉の仙人風呂
そして、世界遺産、熊野古道を歩きます。

那智・新宮・本宮大社の熊野三山。
熊野古道・神倉神社・
花の窟・産田神社・・・。
朝日、そして、温泉!

ここ数年、女性セラピストの仲間と共に
熊野と”女性性”をめぐるワークショップを
企画してまいりました。
今回の旅は、ワークショップでは辿れない
熊野の神々と信仰とつながる聖地の旅を
辿ります。

古の叡智と熊野の自然。
未来を拓く可能性と共に
ご一緒に巡りましょう。



中川れい子
NPO法人タッチケア支援センター代表
心と体のセラピールーム amana space主宰
エサレン®ボディワーカー

****


<スケジュール>



2月26日(水)~28日(金)


2月26日(水)

午後2時
   JR紀伊勝浦 集合
     *新大阪9時32分発 特急くろしお5号ー13時32分 紀伊勝浦着
    
午後2時~4時 穂堕落寺・熊野那智大社
       那智の滝・青岸渡寺など。
       
       午後5時すぎ ホテルへ。

       ホテルは、熊野灘に面する
       国民休暇村 紀伊勝浦を予定
       (朝日が綺麗なホテルです)
       

2月27日(木)

朝9時30分 出発

午前  神倉神社
    熊野新宮大社参拝
    
午後  花の窟神社
    産田神社を参拝
    
夕刻  熊野本宮近くの、川湯温泉へ
    
    お宿は 川湯温泉『みどりや』
    *マイクロバスでの移動は、この日までとなります。
    *仙人風呂(川を掘ってはいる大自然の中のお風呂)
     (毎年、2月末日までですが、ぎりぎなタイミングです。
      みどりやさんの露店風呂も大自然の中での温泉ですのでお楽しみに!)


2月28日 熊野古道を歩き(発心門から熊野本宮へ約2時間半)、
     熊野本宮大社へ
     (みどりやさんのバスで、古道の入り口まで移動します)

     午後、大斎原(おおゆのはら :明治22年までの社殿のあった熊野川の中洲の地)参拝
        熊野川の河原散策。
     午後5時頃、白浜駅へ戻ります。
     (市営バスで、移動します)

(2月29日&30日の、日本トランスパーソナル学会にご参加の方は、
 そのまま、川湯温泉で宿泊。中川は、そのまま熊野におります)

参加費 3万5千円前後
*参加人数によって変動あり。2泊4食、熊野内での移動費等を含みます。白浜までの移動費は含みません。
*お部屋は1室、4~5名の相部屋となります。それ以外をご希望の場合は別途料金が派生します。
*天候によっては、仙人風呂、熊野古道歩きが出来ない可能性がありますが、ご了承ください。
*神倉神社、熊野古道のウォーキングでは、トレッキングシューズ等、すべりにくく、歩きやすい靴をお勧めします。
*マイクロバスでの移動は、27日までとなります。帰りは、市営バスで白浜駅への移動となります。


お申込みフォーム
touchandhealing121★gmail.com
(★を@にかえて送信してください)
09019663819 中川れい子まで



<熊野と女神・女性性の伝説>


熊野が古来からの信仰を集めた
聖地となった理由には、
様々な由来がありますが、

特に中世以来、熊野信仰を
全国に広げた熊野比丘尼(くまのびくに)
の活動等でも知られるように
「女性」とのつながりの深い聖地
でもあり、女人禁制や身分制度の
枠組みを超えた、聖地で有名です。

古事記・日本書紀の神話に登場する
大母神「イザナミ」。

日本の神道の枠組みを超えて
縄文時代からつながる
水の女神「瀬織津姫(セオリツヒメ)

そして、
神武天皇が熊野上陸する以前
熊野地域を支配していた
女性酋長「ニシキトべ


こうした、様々な
女性の力・女神の力が
熊野を、生命の泉
よみがえりの聖地として
長きにわたる信仰の礎を
培ってきました。

今回、”熊野”の聖地を
めぐりゆくことで、
本来の、自分のリソースへと
辿りゆく力を、一人一人の中で
耕していく。。。
そういう旅をご一緒したいと思います。

まだ、寒さの残る2月の末の熊野の地。
平日ですので、比較的人も少なく
ゆっくりと周れると思います。


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# by reiko-koyago | 2019-11-01 16:46

9月の熊野から刺激を受けたのか、
なぜか、この秋は聖地づいています。

10数年以上ぶりに、天川大弁財天へ。

2011年の大水害で大きな被害を受けられた以来、初めてのお詣りです。
実際に訪れてみて、当時の被害が相当に大きかったことが今なお伝わり、そこから復興されてきた皆様方のご苦労がしのばされます。実のところ、かつて、天川さんからはとても良い導きをいただいているのですが(このことについては、あらためて振り返り書いてみようと思います)、あれほどお世話になりながら、何も復興のお手伝いをしてこなかったことが申し訳なくなったと同時に、東日本大震災と福島第一原発事故と同年に起きた天川の大水害(熊野もですが)の意味の深みを改めて噛みしめます(ちょうど、タッチケア支援センターを立ち上げた年でもあります)そして、この秋に連続する大水害の被害も。。。

何故、突然、天川へと訪れたのか?それは、天川に一度も訪れたことのない東京のお友達(通訳の由美子さん)をご案内したからなのですが、もうひとつ。。。熊野ー六甲ーと続く「水の神様」の流れでもあるかもしれません。5人の女子での日帰り旅行。関西でのエサレン認定コースのメンバーとご一緒に、電車とバスを乗り継いで、きゃぴきゃぴと楽しい1日でした^^。

近鉄電車「阿部野橋(天王寺)」駅から、「下市口」へ。そこから、天川川合というバス停まで約1時間。弁財天さんいきの直通もあるのですが、この時間帯は川合まで。そこから歩こうと思っていましたが、ちょうどタイミングよく、天川弁財天行きの循環バスがやってきて、それに乗りました。あっというまです^^。(車ならば、天川川合の数駅前の「丹生川上神社下社」にも立ち寄るのですが^^。


天川弁財天さんの前に到着したのですが、お詣りの前に腹ごなし。弁財天さんの鳥居のすぐ前にも素敵なカフェがあったのですが、お食事はないということなので、そこから歩いて3分ぐらいのログハウスの素敵なカフェ「オートリ」さんに行きました。こちらにお邪魔するのは、10年以上ぶり? さらに素敵な空間になっていました。(写真は、一緒に訪れた幸田志友さんからお借りしました)

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お腹が一杯になったあとは、いよいよ参拝へ。

天川大弁財天さんの鳥居です。

5人囃子のような女子5人組♪

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久しぶりの天川弁財天。
本殿は、2011年の水害のあとに、建て直されたのでしょうか?
少しだけ、変わっていました。
でも、変わらない何かも。。。

五十鈴を鳴らす本殿は、とても静かです。
昔、夜や早朝に瞑想したのを思い出します。

本殿の他にも、数々の神様が祀られています。
そして、隕石のような、
3つの石が、祀られていて
ひとつひとつを、お詣りしました。
こちらは、五社前の。
手をかざすと、あったかいです^^。
(10月というのに、蝸牛さんが!)

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裏手の、役行者さんの小さな祠も必ずお詣りするところです。

そのすぐ前に、神社さんのもつ「参集殿」があります。

この「参集殿」には、私は深い思い出があります。

それは、また次の機会に。。。

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かつて私が、天川弁財天に行くたびに、いつも訪れていたのは「六角岩」という、天の川の中洲にある川の対岸の石の見える河原。みんなをご案内。

途中の川が、キラキラとしてとても綺麗でした。川に導かれながら、六角岩へ。

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はじめて、天川に来た時に、連れてきてくれた友人が「六角岩にいったらいいよ。。。」と言われて、その人は日帰りでかえってしまったのですが、私は1泊して、翌日に探して訪れてみたたのですが、着いたとたんに、くらくらと心地の良い睡魔に襲われて、河原でどたんと眠ってしまったのです。そのあと、慈雨のようなさらさらとした優しい雨が一瞬ふりました。空には太陽が昇っていて、キラキラと湖面を光が反射していました。その時、サラスバティ(弁財天)と、思わず私の口はつぶやいてしまったのです。それ以来、私は、天川に訪れたら、必ず、六角岩に来るようにしています。その後、六角岩ではさらに不思議なことが何度か起こりました。。。


でも、2011年の洪水で・・・


六角岩のある崖の前には、天の川の流れる河原が広がり、さらに、その手前には「禊殿」があります。

が、その河原も、禊殿も、10数年前の光景から、大きく変化していました。土砂ぐずれの後はいまなお生な生しく残ります。河原のすぐ近くにまで近づけたのが、今はそれも難しくなっています。こちら、洪水・土砂崩れの今なお残るあと。

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でも、六角岩は変わらずそこにあり、そして、川の流れも、あの頃と変わりません。一昨日の大雨にもかかわらず、透き通るように透明な水の流れ。そして、どこか時間が止まるような気持ちになる場所です。先日、六甲比命神社からつながる、瀬織津姫を連想したり。水の神、弁財天と瀬織津姫。サラスバティ。

ある時、幸運なことに柿坂宮司さんに直接、六角岩のことを伺うことがあったのですが(実は、六角岩にいたら、偶然、宮司さんに声かけられて、1時間ほどお話をしたのです。)、天川さんには、何も記録は残されていないということでした。たぶん、天然の形で、偶然六角なのでしょう。この河原の川の流れ、そのものが、ご神体なのではないかと想像しています


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「禊殿」も土砂ぐずれで流されたらしく、以前のお社ではありませんでした。そして、以前よりも立派になっていました。
あとで調べてみたら、洪水で禊殿の中から古文書が出てきたということを知りました。そこには、その禊殿が拝する高倉山には国常立神が祀られていると記されていたとのこと。国常立神、、すなわち「ガイア神」。。。(天川神社復興についてはガイアシンフォニー8番に描かれています。もう一度観たくなりました)

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天川を訪れたら「天の川温泉」につかるようにしています。天の川と同じ、透明でさらさらとした泉質。からだで水を感じてみる。温泉で、天川で調合されたアロマの精油にも出会いました。我らが女子の感性がさく裂!

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途中で、みんなが草花や小さな生き物を上手に見つけていくのに感心しました。神様は、そこかしこに。道中も語り合いながら、それぞれの魂の旅路が交差して、川面にキラキラと光りが反射しあうような1日でした。

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もう一度、天川大弁財天に戻り、近鉄下市口行きのバスの時間を待ちます。

待っている間に、おみくじを引き、社務所で柿坂宮司さんと鎌田東二さんのご本を買いました。オタクな私は、ちょっと、わくわくしながら読んでいます^^(あっというまに読み終えました、、、この本、とても良いです。鎌田東二さんの、天川弁財天の歴史的解説と、柿坂宮司さんの人生があふれ出ていて。。。まさに「宇宙」。新宮に流れ出る「熊野川」、さらに上流にいくと「十津川」。その十津川の上流、源流が、この天川の水域であること・・・。源流により近いところなので、大雨の次の日でありながら、水が透き通るように清いのでしょう。)


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長い間、訪れれませんでしたが、1日日帰りでいけるのですから、再び、頻繁に訪れようと思います。

復活した、天川大弁財天へ。


天川弁財天。これから、紅葉の季節です。


# by reiko-koyago | 2019-10-29 22:03

少し前のこと(2019年10月16日)で恐縮です。

フェイスブックに書いた投稿を、あらためてレイライン通信に書き留めました。いつも以上に、オタク度満載です(FBだと流れてしまって読めなくなるというご指摘をいただきまして^^。。。これからは、なるべくレイライン通信にも書き留めるようにしますね^^)


10月16日、六甲山の山頂付近の「六甲比命大善神社」の例大祭に参加させていただくことができました。護摩焚きにも参加。いやぁ、、、やっとというのか、このタイミングで、、、というのか。2012年から16年まで毎年、六甲山で10日に近いエサレン関連のリトリートを主催していたので、六甲山の聖地にはアンテナを立てていたのですが、噂には聞くものの、なかなか行けずにおりました。灯台元暮らし状態です^^。それも、熊野女性性会議で出会った井上香奈子さんのお導きで。(そういえば、初めて堡塁岩に導いてくださったのも「熊野」の流れでした)


水の女神、瀬織津姫(せおりつひめ)様に捧げる護摩焚き法要。般若心経が刻まれているという「心経岩」の前での法要で、巫女舞の奉納もありました。火と水。カミの源流。宮司さんとご一緒に般若心経を大勢の方が唱え、護摩焚きの炎が燃え盛る中、光がどんどん放たれていきました。


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心経岩(般若心経が刻まれています。もとは、六甲山を開いた仙道上人が刻んだといわれていますが、現在のは大正時代のものだそうです。とても大きな巨石です)
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護摩焚きは、多聞寺の宮司さんの読経によって・・・。どんどん火が大きくなり、煙の天高く昇っていきました。
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護摩焚きのあと、巫女舞が奉納。(光が増していきます。写真はご一緒したSUMIEさんから)
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 護摩焚きのあと、赤く珠のような光が。



そこから、さらに山道を登っていきますと、瀬織津姫の古墳だともいわれる六甲比命大善神社があらわれました。


写真ではあまりわかりにくいのですが、磐坐の規模は、想像をはるかに超えていました。どう見ても、人工的に組まれた磐坐に見えます(六甲山にはそういう磐坐が多いのですが)カタカムナの古文書とも関係する六甲山ですが、こういう磐坐をみると、やはり超古代はフリーエネルギーがあったに違いない、、、なんて想像してしまう。(崩れずに残っているところを見ると、阪神淡路大震災の時も、ここは揺れなかったのでしょうね。地盤が相当に固いのか)



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(写真は、SUMIEさんより)

六甲山は晴天で、空が澄み渡っていました。阪神間の街も、綺麗に見渡せます。例祭日和。大勢の方が集まっておられました。そのほとんどが、女性・・・。すでに、六甲比命大善神社は、女性をサポートする神社として有名なようでした。


ここは、神戸市北区の多聞寺さんの奥宮だそうですが、明治以前の神仏習合の時代、多聞寺さんと、西宮の廣田神社さんは神仏習合の関係でらしたらしく、明治以後の神仏分離令後は、ここは多聞寺さんの管轄になったそうです。なので、言い換えれば、六甲比命大善神社は、天照大神の「荒御魂」を祭る西宮の廣田神社さんの奥宮でもあるとのこと。


すなわち、あの「廣田大明神」と呼ばれた女神は、瀬織津姫だったのです。「荒魂(あらみたま)」と呼ばれてきた、名もなき古代の女神。廣田大明神の名は向津媛(むかつひめ)六甲とは「ろっこう」ではなくて、そもそもは「むこ」武庫川の「むこ」ですね。向津媛=瀬織津姫=廣田大明神=天照大神の荒魂(なるほど、すっきりします。さらに神仏習合では、弁財天や吉祥天として祀られてきたそうです)


この数年、瀬織津姫の封印が解かれるとか、謎の女神、瀬織津姫が浮上するとか、、、よく耳にする言葉ではありましたが、これは、おそらく、天照大神を皇祖神としてまつり上げた国家神道の名残に対してのアンチテーゼとして、浮上してきたものなのでしょう。日本の女神信仰は、ヒンズーの女神と同様に、様々な性質と名前をもっていたと思います。瀬織津姫を、古代の縄文の古き女神の象徴とすることも多いですが、私は、やはり、瀬織津姫は「水」の女神。川や清流の女神だと思っています。伊勢神宮ならば五十鈴川。そして、熊野信仰の中心も「川」に宿る神。室生竜穴神社、丹生川上中社、飛鳥浄御原神社、そして、天川弁財天・・・)(こちら、2010年に伊勢神宮をお詣りした時のブログです。私の中で瀬織津姫様、急浮上の記録 https://rayline.exblog.jp/9837932/ 


時代は進んでいつの間にか、六甲山の女神が瀬織津姫様になっていました。とはいえ、最初は、六甲山が水の女神「瀬織津姫」??って、不思議だったのです。今となっては、清流といえる川は目立ちません。うねるような自然霊の象徴である瀬織津姫と、都会化された六甲山。しかし、その都会の中に潜む、荒々しい自然の力が六甲山には隠れています。(神戸で生まれそだった母が小学生だった戦前までは、この周辺の川も何度も氾濫していたそうです)


そして、水・・・。六甲比命神社のすぐ近くに、六甲山の源流ともいえる「清流」の流れる場所を教えてもらいました。飲んでみると、まろやかで、とてもおいしいのです。そりゃそうですね、この水が、灘の名酒を産み出していくのですから。さらさらとした美しい水です。

私達が4度エサレン関係のリトリートを開催したシュライン・ロードの周辺の森にも、小川がいっぱい流れています。キラキラとした清流の流れる音が、どれほど心地よかったか。


北側にいくと、最古の温泉ともいわれる有馬温泉があります。山からは、瀬戸内海の海が広がるのが見下ろせます。
まさに、水の聖地。ここに、古代の「水の女神」を祭る神殿があったとしても、不思議ではない。(もう、私の頭の中では、六甲比命神社は、六甲山の古代の「水の女神」を祭る神殿になっています^^)


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(六甲比命大善神社のすぐそばの、六甲の水の源流)



また、瀬織津姫の名は、仏教伝来後は、弁財天・吉祥天とも呼ばれていたとか。そして、如意輪観音もまた瀬織津姫。
甲山の神呪寺の開祖、眞名井御前(如意尼)が、なぜ、甲山を目指したのか?元亨釈書には、広田大明神に導かれ・・・とありますが、それも、また瀬織津姫の導きなのでしょう。

(このあたり、偶然、昼食の時にお隣に座らせていただいた、神話伝承研究家の大江幸久さんから、いろいろと伺うことができました。大江さんが監修された「六甲比命大善神社と瀬織津媛」というDVDも昨晩観ました。超古代の神話の物語のパズルがぴしっとはまっていきます。そして、なにやら、再び丹後を巡らなければいけないような。。。その後の眞名井御前説が浮上^^)

甲山は、六甲山の東の入り口。それは、六甲山修験道の入り口でもあります。

廣田神社ー甲山・神呪寺(鷹寺)-六甲神社(石の宝殿)-六甲比命神社ー摩耶山天上寺・・・と、辿りたくなります。
(六甲山は、修験道に関する遺構が数多くあるのに、現在はあまりにも早くに都市化されたせいか、ほとんど見かけません。六甲山の修験道の拠点は、多聞寺さんと、摩耶山天上寺が中心だったそうです。そもそも、山岳宗教とは、山を女神とみなし、女神と一体化するための修行だったのでしょう)

六甲山の水の女神、瀬織津姫。あの、1995年の阪神淡路大震災の時に轟いた巨大な女神の気配はあなただったのか?と、、、。隠れていたものが、昨日1日でとてもすっきりと霧が晴れていきました。(あの震災から2~3年目のこと。六甲山の色が変わったのがわかりました。何かが変化したのです)

しかし、このタイミングとは。。。
私は、今、途方に暮れています。

1995年、六甲山の裾野で起きたあの悲劇。あれは「神の戸」を開く序章にすぎなかったということを。巨大災害は津波と原発事故を伴って2011年東日本で再び。そして、地震だけではなく、毎年繰り返し巨大化する台風。暴風雨に、水害、河川の氾濫、ライフラインの断絶。

地球温暖化による海面温度の上昇により、今回のようなモンスター台風は、何度でも私達を襲うでしょう。海水・台風・雨・・・そして、河川の氾濫。この「水」の途方もない脅威。

人間はどのように生きていけばいいのか?根本から問い直される2019年の秋。台風21号の直後に、六甲山の古代の水の女神の神殿に辿り着くとは。。。。

でも、希望はあります。昨日、六甲比米大善神社で出会った大勢の女性の皆様。(まるで、熊野女性会議の続きのようでした)

「女性性」の力。「水」の力。

水の本質とは「流れるもの」私は、ほんとうにこの「流れる」というエッセンスを愛しているのですが、それは内側から自発的にあふれ出る「流れ」です。

その、内側から溢れ、流れだすものにより、女性は「天」と繋がっていくことができるのでしょう。それは、内なる女神と繋がることとほぼ同じ。それは、人と人、人と自然と「つながる」ちから。


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今回、六甲比命大善神社にお連れくださった、井上香奈子さん(中央)と私(右)。熊野”女性性”会議の流れで出会った香奈子さん。子育てをしながら、コーチングも教えておられます。私がずっと行きたかった六甲比命神社へと車で連れていってくださった、まさに、ゴールに向けての導き役(コーチ)を果たしてくださいました。感謝です!この日は一番下の娘さんと。


そうそう、余談ですが、六甲比命神社の磐坐に「熊野権現」の石碑が。花山天皇・熊野権現・仏眼上人。
花山上皇とは、熊野詣を本格化した方です。そして、西国三十三観音も。もう少し歴史を遊んでみたい^^。


そして、心は天川と、そして、丹後、さらに再び熊野へと。

次は天川の1日旅の記録をお届けしますね。

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(今回、お写真は、私のスマホの電池が切れてしまったので、井上香奈子さんと、FBですでにつながっていて今回、六甲比命神社で初めてお会いしたSUMIEさんからお借りしています。とても美しい光の写真を届けてくださいました)


# by reiko-koyago | 2019-10-29 19:11